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<メディア時評・自民党取材拒否問題>擬似的な検閲行為 公権力との関係に禍根


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 選挙の影で、公権力とメディアの関係において、看過できない出来事が起きた。TBSの番組内容が公正さに欠けているとして、自民党は党幹部に対する取材や番組出演を拒否したのである。公党が、しかも選挙公示の直前というタイミングで、大手マスメディアに対し取材拒否するという事態が持つ意味を考えてみたい。

その後、TBSの文書提出によって、曖昧なまま幕引きになったが、少なくとも拒否の事実は残るわけで、取材・報道の自由と公的存在である政党の説明責任を考えるうえで、大きな課題を残したからだ。

■番組介入である取材拒否
 新聞報道等によると、おおよその経緯は以下の通りである。自民党が問題視したのは、TBS自身が制作し放送する報道番組「NEWS23」の6月26日放映分である。国会会期末の与野党攻防の末に、電力システム改革を盛り込んだ電気事業法改正案などが廃案になったことを、ねじれ国会の象徴事例として報じた。
 ネット等にあげられている当日の発言内容を見る限り、約7分の企画特集の中で1分ほど、改正案の成立を望んでいた関係者のコメントがVTRで紹介され、「(与党が)もしかしたらシステム改革の法案を通す気がなかったのかも。非常に残念ですね」と話す箇所がある。この発言の前後を含め、廃案の責任が与党自民党にあると視聴者が受け取りかねない報道をしたのは、「民主党など片方の主張のみに与(くみ)したもの」で、番組構成が著しく公正を欠くものであるとして、同27日にTBSに対し文書で抗議した。
 これに対しTBSは28日に、「発言に関して指摘を受けたことはまことに遺憾」と回答、これを受けて自民党はすぐさま、当該番組内での謝罪と訂正を重ねて求めている。しかしTBSは今月3日、番組キャスターが国会空転の責任は野党を含めたすべての党にある等と発言をしていることなどから、「番組全体はバランスが取れている。謝罪、訂正はしない」と再回答したため、自民党は4日、冒頭の取材拒否を発表した。報道によると、取材拒否は報道内容に強い不快感を示した安倍晋三首相の意向を踏まえたものとされている。
 翌5日、TBSは報道局長名で「『説明が足りず、民間の方のコメントが野党の立場の代弁と受け止められかねないものであった』等と指摘を受けたことについて重く受け止める」「今後一層、事実に即して、公平公正に報道していく」との文書を提出。これを自民党は同日夜、謝罪であると解釈し、取材拒否を解除するに至った。
 発表文書によると要旨、「報道現場関係者の来訪と説明を誠意と認め、これを謝罪と受け止める」とあり、安倍首相(党総裁)は他局のテレビ番組の中で、「今後はしっかりと公正な報道をするという事実上の謝罪をしてもらったので問題は決着した」と述べたとされる。なお、TBSは政治部長名で「放送内容について、訂正・謝罪はしていない」とのコメントを発表している。
 これらが、自分たちの気に食わない情報流通を認めない、という強い意思に基づくものであることは言うをまたない。そうした介入が、単に政治家としての道義的問題にとどまらず、公権力としての公党の説明義務を放棄するものであり、将来の番組内容に影響を与えることを意図するのは明らかであって、いわば擬似的な検閲行為に該当するものだといってよかろう。
 しかし実際は、これまでもたびたび同じような事態が起きてきている。とりわけ安倍首相には番組内容介入の「前歴」がある。官房副長官時代の2001年には、慰安婦問題を取り上げたNHK特集番組に関し、報道幹部に対し放送前に「公平公正にするよう」伝えた。さらに幹事長時代の03年、衆院選に際し党幹部にテレビ朝日への出演拒否を指示している。そして第1次政権時代の06年には大臣名で、北朝鮮拉致問題を積極的に取り上げるようNHKに命令を発している。

■黙認するメディア
 もう一つの大きな問題は、TBSが事実上の謝罪と受け取られるような対応をせざるを得なかった環境を、他のメディアが作ったことだ。今回の報道内容について、さらに工夫や配慮をすべき余地があったかどうかはまったく別の問題であって、いわば「批判報道をしただけ」で取材拒否される事態を、他のメディアは重大視せず、少なくとも自分の問題として受け止めようとはしなかった。
 もし記者クラブなる報道機関の取材拠点が、本当の意味で権力に対峙して情報を開示させるための機能を持つものであり、だからこそ市民の知る権利の代行者として特別な優遇措置が認められているとするならば、当然にそして即座に、取材相手である自民党に抗議をすべき事案であることは疑いようがない。公権力の取材拒否事例として最も深刻な事件は、1984~85年に起きた日刊新愛媛に対する愛媛県の取材拒否であるが、この時も他のメディアはその事態を事実上、黙認した経緯がある。
 取材拒否解除の4日後にあたる9日に、同番組の党首討論に出演した安倍首相は、この問題には一切触れず「大人の対応」を見せ、結果として視聴者には「何ごともなかった」こととして決着したかに見える。もちろん「この程度のこと」で、放送局が報道姿勢を変えるとは思えないし、むしろ反骨精神を発揮してより充実した番組を作ってくれることだろう。しかし、放送免許の更新を目前としたこの時期に、政権与党の機嫌を損なうことがどのような結果をもたらすかは過去の事例から明らかだ。
 93年にテレビ朝日の報道局長が、放送関係者による内輪の勉強会において選挙報道を巡って行った発言をきっかけに、本人は国会に喚問され、免許は極めて異例の短縮期限付きとなった。公権力は、なりふり構わずやってくるのである。そしてこの時も、他のメディアはテレビ朝日を見捨てるどころか、公権力の介入を後押ししたのである。
 この時、最も毅然とした対応を示したのは、その勉強会の座長役を務めていた故・清水英夫青山学院大学名誉教授である(詳しくは拙稿「民間放送」2013年7月13日付所収)。同氏は、沖縄在住の岡留安則氏が発行していた『噂の真相』名誉毀損(きそん)訴訟や、沖縄密約情報公開訴訟の弁護団長でもあった。先月19日に亡くなられたばかりだが、この状況を悔しく思っているに違いない。
(山田健太 専修大学教授=言論法)