『沖縄昆虫誌』 幅広い知的好奇心


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『沖縄昆虫誌』東清二著 榕樹書林・2800円

 沖縄の昆虫はメディアでもしばしば取り上げられ、珍しい昆虫がこの地にたくさんいることは国民の多くが知るところである。ウリミバエを根絶させた世界に誇る害虫防除技術もここ沖縄で磨かれた。しかし、一体何種の昆虫が琉球列島にいるのかは実はまだ完全には解明されておらず、今後も気の遠くなるような地道な研究が必要だ。著者の東清二博士は、1999年まで琉球大学農学部で教べんをとる傍ら、郷土の自然のこの基本問題に取り組み、「琉球列島産昆虫目録(2002年、沖縄生物学会、共著)」で、記録にある昆虫種の全貌を明らかした。これが1世紀以上にわたる沖縄昆虫学の成果の結晶だとすると、本書「沖縄昆虫誌」は東博士による昆虫の自然誌研究の集大成ともいえる作品である。

 自然誌(自然史)とは何だろう。それはかつて博物学ともいわれた「自然について全てを知ろう」とする研究アプローチである。この本書の発想は「沖縄の虫たちはいつどこからきてどこへいく何者なのか」という、やはり南の島のタヒチでわれわれ自身について質問した画家ゴーキャンの思考とも重なる、知的好奇心の自然な発露ともいえる。実際、本書の視野は、虫に関する歴史・民俗学、生物地理学、19世紀にさかのぼる沖縄の昆虫研究史と幅広い。中でも第3章は、著者がさまざまな昆虫たちにいつどこで出会ったのか、故郷石垣島での戦前の原体験から琉球大学でのヤンバルテナガコガネの発見譚に至るまで、学術的にも貴重な経験談が生き生きとつづられている。それを支えるのは、タイワンエンマコオロギの鳴き声に「いい音楽を聞かせてくれてありがとう」と感謝する昆虫たちへの愛情である。そんな沖縄の昆虫相は、人の活動の影響などを受け、今も変わり続けているといわれている。第3章は、かつてそうであった沖縄の昆虫たちの証言のようにも映る。
 本書が明らかにした沖縄の生物多様性には、本格的自然史研究博物館をこの地に置き、現代科学の粋を集めて迫る必要がある。博物学者のこの夢が実現し、そこで得られた知識の恩恵を受け、われわれが昆虫に、沖縄の自然に、「ありがとう」と感謝する日が来ることは、著者の願いでもあるに違いない。
 (辻和希・琉球大学資料館館長、農学部教授)
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 あずま・せいじ 1933年石垣島生まれ。琉球大学名誉教授。農学博士