エンタメ

『風に立つライオン』 さだまさし著

歴史的名曲がついに小説に
 ついにこの時が来たか、という思いである。
 これまで小説家としてもベストセラーを発表してきたさだまさしが、この歴史的名曲(と筆者は思っている)の小説化に挑んだ。かつて自分が発表し、すでに多くの人に愛されている曲を、小説という別のメディアに作り変えることが、果たして「挑む」という感覚なのかは分からないが、この『風に立つラインオン』に関しては、やはり「挑む」ことにならざるを得なかったのではないのか、と勝手ながら推察する。

 ご存じの方が多いと思うが、歌の方の『風に立つライオン』がすでに、相当に小説的なのである。日本人のある若い医師は、恋人を日本に置いてアフリカの地にやってきた。そこでアフリカの圧倒的な大自然と、子供たちの純粋な瞳の輝きに魅せられ、つらいながらも充実した日々を送っていたところ、かつての恋人から便りが届く。歌詞には直接書かれてはいないが、その手紙にはこう記されていたはずだ。「私、結婚することにしました」。医師は恋人と過ごした時間を思い出しながら、そして彼女への愛情が今もまだ確かに心にあることを自覚しながら、返事を書くのだ。「おめでとう。さよなら」
 冗長な説明になっていると思いますが、もうすでにこれは、小説のあらすじと変わらない。理想に生きることから逃れられない医師の性格や、朝焼けのビクトリア湖から百万羽のフラミンゴが飛び立つという自然の美しさまで、限られた言葉の中で見事に描かれているのである。愛している人に別れの言葉を伝えなければならない、そのどうしようもない切なささえも。
 ここには一冊の長編小説が持つ情報とほとんど同じくらいのそれがすでに入っている。それ故に、これを小説化することは難しい。歌詞でははっきりと語られていない登場人物たちの背景や感情を書き足す、ある種、種明かし的な行為を加えるだけで小説になってしまいそうだから。
 しかしながら、さすがはさだまさし。それだけで終わらせるわけがないのである。この『風に立つライオン』が今、この2013年の夏に小説として刊行されることの必然性を小説的な手法を駆使しつつ、十分に盛り込んでくるのだ。歌がもたらす感動をより大きく、より深く、ということはつまりまったく別物の感動を提供してくれるのだ。
 キーになるのは、東日本大震災の被災地。そして医師の志を受け継いだアフリカ人の青年である。これ以上はみなさん、読んでのお楽しみです。
 歌詞+α=小説。または小説-α=歌詞。
 確かにそうなのかもしれないけれど、そうとも言い切れないというところが、人が創作するものの面白さだ。歌詞も小説も、今、生きている人間が書いている。究極的には、「思い」みたいな言葉を持ち出さなくてはならない何かを他者と交換するために、人は歌い、書き、そして聴き、読むのだろう。
 (幻冬舎 1524円+税)=日野淳
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日野淳のプロフィル
 ひの・あつし 1976年生まれ。出版社で15年間、小説、音楽、ファッションなどの書籍・雑誌の編集に携わり、フリーランスに。今、読む必要があると大きな声で言える本だけを紹介していきたい。
(共同通信)



風に立つライオン
風に立つライオン
posted with amazlet at 13.08.06
さだ まさし
幻冬舎
売り上げランキング: 396


『風に立つライオン』 さだまさし著

日野 淳