なぜみんな『羅生門』を読んでいる?
芥川龍之介『羅生門』、夏目漱石『こころ』、森鴎外『舞姫』は、高校生の国語教科書に必ず掲載される「定番小説」だそうだ。なぜこれらの作品が定番化したのか? 端正な筆運びでその謎に一歩ずつ迫るプロセスが、ちょっとした推理小説ばりにスリリングだ。
謎解きをめぐる本書の強みは、教科書を作る出版社の編集者や現場教師に取材を重ね、業界の内側からもアプローチしている点にある。「多忙な教師は定番教材を望む」という出版社側に対して、「定番は教科書検定に通りやすい」という教師陣。教材マンネリ化の責任を双方に押しつけ合っている構図が浮かぶ。
3作品は1957年から教科書に採用され、80年代に定番化が確立し、今世紀に入って固定化した。それは一体どういうことか、時代背景や作品主題を吟味して、さまざまな仮説を検証していく。謎解きの楽しみをそがないよう、ここでは「戦争」「道徳教育」「学習指導要領」「少子化」というキーワードを記すだけにとどめよう。
著者は最後に、そもそもこの3作品は本当に教材にふさわしいのかという本質的な問いに切り込む。授業後の感想文を読むと、生徒の心に植え付けられたのは悪人礼讃、人間不信、生理的嫌悪感というネガティブなものばかり。さらには多くの鴎外嫌いを生んでいる。
名作すなわち名教材ならず。そして定番小説はこの3作品だけではない。『山月記』『走れメロス』『富嶽百景』……。これはもうひとつの教科書問題だ。
(新潮新書 680円+税)=片岡義博
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片岡義博のプロフィル
かたおか・よしひろ 1962年生まれ。共同通信社文化部記者を経て2007年フリーに。共著に『明日がわかるキーワード年表』。日本の伝統文化の奥深さに驚嘆する日々。歳とったのかな。たかが本、されど本。そのあわいを楽しむレビューをめざし、いざ!
(共同通信)