『文学のことば』 荒川洋治著


社会
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未知の森を散策するような
 統一したテーマを設けずに、著者がある時期に書いた文章をまとめただけの本は昨今、はやらない。文中にそう書いている。本書がまさにそれで、「文学」と「ことば」という括りでさまざまな短文が並んでいる。確かにはやらないと思うが、非常に楽しい。試しに各短文の冒頭をランダムに引用する。

 「風味ゆたかな『私小説』を書いた、木山捷平(一九〇四-一九六八)」「新聞記事の文章ほど、いいものはない」「最初にふれた『書物』は地図帳ではなかったか」「花を 花のごとき傷痕を!」「スタインベックの『朝めし』」
 時代も素材もテーマもバラバラ。次に何が書かれてあるか、まったく予想がつかない。登場する作家や作品にも、ほとんど触れたことがない。まるで未知の森を散策しているようだ。それでも安心なのは、著者が信頼すべきナビゲーターだから。
 調べた書誌的情報をすべて羅列する作法は少し面倒だが、テキストに対する偏執的なまでのこだわりが面白さの源泉でもある。たとえば定期的に作品を発表したイプセン、夏目漱石、草野心平、北村太郎の作品データを並べ、「こうしてみると、おおきな才能をもつ人でも一定の間隔で一〇年以上書き続けるのは困難なようだ」と書く。ひとつの発見だ。
 読み進むうちにとても贅沢な気持ちになれるのは、この本がまったく実用に供さないからだと思った。流行に微塵も左右されていないので一般教養にもならない。これは実用に対して“虚用”に供する本。
 (岩波書店 1800円+税)=片岡義博
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片岡義博のプロフィル
 かたおか・よしひろ 1962年生まれ。共同通信社文化部記者を経て2007年フリーに。共著に『明日がわかるキーワード年表』。日本の伝統文化の奥深さに驚嘆する日々。歳とったのかな。たかが本、されど本。そのあわいを楽しむレビューをめざし、いざ!
(共同通信)

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