『日本の悲劇』 高齢化社会で生まれた歪みを独自の視点で


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 ある時は全編モノクロ。ある時は主人公2人にセリフなし。ある時は35分の長回し…。小林政広監督の作品は濃密な人間ドラマもさることながら、毎度、技術的な手法も見どころだ。本作の場合はすべて、スタジオに一軒家のセットを組んで撮影された。つまり、季節感を感じさせる夏の日差しやセミの声、そして雨音などはすべてスタッフの手によって創り出されている。そして、現実のシーンはモノクロで、回想はカラー。

 実は筆者、脚本も読み、初日に撮影現場へ見学も行っているのだが、まさか完成品がこんな映像になるとは想像もできなかった。同じく撮影現場に密着した『愛の予感』の時しかり、小林監督の作品には驚かされてばかりだ。
 もっともこれらの試みは理由あってのことで、必然過ぎて観賞している時は気にも止めないだろう。というより、たった4人の出演者が生み出す息詰まるドラマの方に釘付けになってしまうのだ。余命幾ばくもない父親が、失業中の息子のためにした決断。それは自死し、かつ息子の元へ老齢年金が入るよう、極秘を貫くことを申し渡すのだ。同じく仲代を主演に迎えた『春との旅』に続き、高齢化社会で生まれた歪みを独自の視点で描く。小林監督、59歳。商業化に突き進む日本映画界においても、若手監督たちにとっても、刺激となる存在である。★★★★★(中山治美)

 【データ】
監督・脚本・プロデューサー:小林政広
撮影:大木スミオ
出演:仲代達矢、北村一輝、大森暁美、寺島しのぶ
8月31日(土)から全国順次公開
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中山治美のプロフィル
 なかやま・はるみ 映画ジャーナリスト。1969年水戸出身。スポーツ紙出身の血が騒ぎ、撮影現場やカンヌ、ベネチアなど映画祭取材に燃える。三池崇史、深作欣二、キム・キドク、アキ・カウリスマキなどひとクセのあるオヤジたちが大好き。
(共同通信)

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中山 治美