『那覇の市場で古本屋』 本めぐる軽やかな躍動感


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『那覇の市場で古本屋』宇田智子著 ボーダーインク・1600円

那覇の市場で古本屋―ひょっこり始めた〈ウララ〉の日々

 ジュンク堂書店が出店した4年前、人文書の仕入れ責任者としてやってきた若い女性が、突然退職して、古本屋の店主になった。本書の著者である。
 それも日本一小さな古本屋の、閉店を引き継ぐとなれば、これ転身というよりは、変身である。大丈夫か、の声が聞こえてくるのは無理もない。

 大方のそんな心配をよそに、「観光客と変わらないまま終わって」しまいたくない著者は、街で、それも街のわたなか(腸中)の市場で、店を(体を)張って生きている。つまり、道行く人から道行く人を見る人になって、逆に、観光される立場にもなったわけだが、思う存分楽しそうである。
 文章は開業の顛(てん)末や市場の表情をいきいきと伝えてくれて、どれもこれも面白いが、僕には、やはり本にまつわるエッセーの軽やかなスキップ感がうれしい。仲宗根政善『おもろ語の「くもこ」について』では、くもこ(雲子)という上代の言葉への共感から、著者はただちに『くもの日記ちょう』(長新太)を探し出して引用する。
 「…くもこちゃんというのは、くものおんなのこで…くもこちゃんはきえたままです」
 そして「きえたくもこもくもこちゃんも、本のなかにいる」と味よく結んでみせる。
 また、沖縄への呼び水となったのが、初めて東京で出会った県産本詩集『坊主』花田英三の「おめおめと生きる愉(たの)しさ またうんこが一つ」という二行詩だったことも、(いま、パソコンが、うんこを「雲子」と変換したので笑ってしまった)著者の柔らかい感応力と、どこか反骨の精神のありようを、表しているように思われた。
 スラスラと読んでしまった本書。だが、いつまでも口中には骨のある噛(か)みごたえが残っていて、気づけば、表紙に帯に、奥付に、いや、見開きの全ページの右肩には、チョコンとかわいいマスコットのフクロウ(宇田さんの分身)が止まっていて、このフクロウ、逃げも隠れも致しません、なんてこしゃくなことを言っている。(矢口哲男・詩人)
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 うだ・ともこ 1980年神奈川県生まれ。2009年ジュンク堂書店開店に伴い異動。11年、那覇市の第1牧志公設市場の向かいに「市場の古本屋ウララ」を開店する。