『タモリ論』 樋口毅宏著


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あまりに当たり前すぎること
 当たり前すぎて、それについてなにも考えないというもの。私たちの身の回りはほとんど全部、そういったもので構成されている。つつがなく日々を過ごしていくためには、実にありがたいことだ。

 『笑っていいとも!』という番組や、その司会を務めるタモリという存在もまた、30年という長きにわたって、私たちの日々に当たり前のように存在していて、特別それについて考察されたり、議論されることはほとんどない。
 それ故、正しく評価されることもなかったこれらに、今こそ光を当てたいという意図で書かれたのが本書である。
 著者の樋口毅宏さんは、『さらば雑司ヶ谷』シリーズや『民宿雪国』などの作品で注目を集める気鋭の小説家。小説作法の常識を踏みにじり、自身の衝動と美意識を叩き付けるようにして捻り出された物語は、まるで野生動物のような生命力を内包している。また作中に筋立てとは直接関係のない、カルチャーに関する愛ある蘊蓄を挟み込むことも特徴の一つで、本書もデビュー作にタモリを絶賛する文章が挿入されていたことがきっかけで誕生したという。
 タモリは絶望している。極端に言えば、本書の主張はそういうことになる。絶望しきっているタモリは、誰にも、何にも期待していない。だからこそ、こんなにも長い間、気が狂うこともなく、スタジオアルタに通い続け、見た後に何も残らないような番組を作り続けることができるのだ。そこには超人的な精神力、神業的な技術が必要で、あまりにすごすぎて、私たちにはそれが当たり前の何でもないことのように見えてしまう。同じく「神」的お笑い芸人である、ビートたけし、明石家さんまと比較しながら、樋口さんはさまざまな角度から、タモリの凄まじさを浮き彫りにしていく。
 タモリについて考えることは、身の周りに当たり前にあることに目を凝らしてみることにつながる。しかし目を凝らしたところで、正体を突き止めることができるかというと、それはまた別の話。ただ私たちの心には、それらの底知れなさに畏れ、改めて敬意を抱き、深々と頭を垂れることでしか、整わない部分があるように思う。
 (新潮新書 680円+税)=日野淳
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 ひの・あつし 1976年生まれ。出版社で15年間、小説、音楽、ファッションなどの書籍・雑誌の編集に携わり、フリーランスに。今、読む必要があると大きな声で言える本だけを紹介していきたい。
(共同通信)

タモリ論 (新潮新書)
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樋口 毅宏
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