『ハーメルン』 地に足の着いた大人のファンタジー


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 『美式天然』『アリア』で注目の新鋭監督・坪川拓史が、福島県奥会津の昭和村で全編ロケを敢行し、構想7年、撮影期間2年半をかけて完成させた佳編だ。主演は西島秀俊。

 廃校になった小学校で暮らす元校長のもとに、県の博物館で働く卒業生が、校舎に保管された遺跡出土品を整理するために訪れる…。山深い村の美しい自然を背景に、過疎が進む村で凛と生きる人々の“記憶”をめぐる物語が綴られる。
 何と言っても、時間をかけて丁寧に撮影された奥会津の風景が素晴らしい。そして、そこで生きる人々を体現した倍賞千恵子、坂本長利ら俳優陣のナチュラルな存在感も見事。さらに、ひたすら被写体に寄り添うことで風景や人物の魅力を最大限に引き出した、監督の演出も確かな個性を感じさせる。
 四季の移ろいをしっかりと映像に刻みながらも、木々の紅葉とりわけイチョウの黄色、端々で挿入される8mm映像、廃校になった校舎や古い映画館のさびれた佇まい、鼓笛隊のような音楽…が生むレトロ感。そして何より、イチョウの葉、雨、折り鶴などが音を立てずに落下するゆったりした下方運動が、映画全体のトーンを郷愁で彩る。
 そんな坪川監督の穏やかだが揺るぎない演出スタイルが、本作に圧倒的な叙情性をもたらしている。現代人が忘れかけた何かを思い出させてくれる、地に足の着いた大人のファンタジーだ。★★★★★(外山真也)

 【データ】
監督・脚本:坪川拓史
出演:西島秀俊、倍賞千恵子、坂本長利
9月7日(土)から全国順次公開
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外山真也のプロフィル
 とやま・しんや 映画ライター&時々編集者。1966年愛知県出身。学生時代はヨーロッパ映画を中心に見ていたが、情報誌の仕事が長かったため、今は洋の東西を問わず、単館系からハリウッドまで幅広くが信条。主な執筆媒体:月刊TVfan、日本映画navi、ぴあ各誌。
(共同通信)

(C)ハーメルン製作委員会
外山 真也