『凶悪』 多面性が作品に圧巻の深みをもたらす


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 今年の邦画を代表する一本であることは間違いない。原作は、新潮45編集部編のノンフィクション。死刑囚の告発をもとにジャーナリストが闇に葬られかけた殺人事件を暴き出し、結果それが犯人逮捕につながったという実話に基づく犯罪サスペンスだ。

 山田孝之扮する雑誌記者の藤井は、出版社宛に手紙を送ってきた死刑囚と面会。その証言をもとに、彼が「先生」と呼ぶ男が関わった犯罪の真相に迫ってゆく……が、並行して藤井が抱える家庭問題も描かれるため、使命感に目覚めたジャーナリストが主人公の勧善懲悪ものにも、社会派映画にも偏向しない。その多面性が、本作に圧巻の深みをもたらしている。だから見終わった後、ジャーナリズムとは? 人間(夫婦、親子、家族)とは? 命とは? ひいては死刑制度の是非までも考えずにはいられなくなる。
 そして、ストーリー自体はドキュメンタリー・テーストなのに、手持ちカメラやザラついた画面、長回しといったドキュメンタリー的な技法を採用しなかった、監督の判断もたたえたい。確かな演出力と俳優&スタッフのスキルに支えられた画面の強度は、ワンシーン=ワンカットではないにもかかわらずどこか溝口健二的で、“端正なリアリズム”と形容したくなるほど。白石和彌監督にとってもブレーク作になることは間違いないだろう。★★★★★(外山真也)

 【データ】
監督・脚本:白石和彌
脚本:高橋泉
出演:山田孝之、ピエール瀧、リリー・フランキー
9月21日(土)から全国公開
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外山真也のプロフィル
 とやま・しんや 映画ライター&時々編集者。1966年愛知県出身。学生時代はヨーロッパ映画を中心に見ていたが、情報誌の仕事が長かったため、今は洋の東西を問わず、単館系からハリウッドまで幅広くが信条。主な執筆媒体:月刊TVfan、日本映画navi、ぴあ各誌。
(共同通信)

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外山 真也