『UNTITLED』 飛鳥井千砂著


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ホラー一歩手前の物語
 聞いていたラジオの「部屋がきれいだけれど料理が下手な人と、料理が上手だけど部屋が汚い人、どっちがいい?」という愚問に、そりゃ、部屋がきれいで料理も上手な人がいいでしょうよ、と元も子もないことを思っていたのだが、次の瞬間、読み終えたばかりの本作の主人公がパッと頭に浮かび、いや、そうとも言えない、と慌ててその気持ちを打ち消したのだった。

 主人公の桃子は実家暮らしの未婚、31歳。仕事の傍ら、両親に代わって家事を完璧にこなすなど、とにかく真面目一辺倒の優等生キャラだが、実は不倫しているという秘密を抱えている。ある日、「一家の癌」である弟の健太が「話したいことがある」と久しぶりに家に帰ってくることになる。そこから、家族の静かな生活に少しずつゆがみが生じていき……。
 とにかくこの桃子の完璧主義が窮屈なのだ。こんな姉がいたらと思うだけでも息が詰まる。ルール、モラルで自分をがんじがらめにしながらも、なぜか不倫(はOKらしい)しているという論理も分からなければ、礼儀正しさを武器に他人にまで自分の規範を強要するという控えめな(見た目の印象も手伝って)傲慢さ。思い込みも強く、外見がギャルの健太の恋人に対しての態度も良識のある大人とは言い難い。反面教師にしても無理。
 とはいえ、終盤にかけて、桃子の信念は大いに揺るがされることになるし、平凡だが幸せな家族の象徴のように見えていたものが、がらがらと音を立てて崩れていく……なんて悲劇的なことを思っているのは桃子だけ、という皮肉も効いている。健太や家族にとっての「癌」は誰だったのか、というあまりにも重く不本意な真実を彼女がどう受け止めたのか、はたまた受け止められなかったのか、ぼんやりとした光を照らし物語は幕を閉じる。
 何事も、完璧さの裏には魔物が潜んでいるに違いないと考えさせられた。主人公にも登場人物にも誰にも全く共感できなかったが、筆力で読み進めさせられた。
 (ポプラ社 1400円+税)=江藤かんな
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江藤かんなのプロフィル
 えとう・かんな 1980年生まれ。書籍編集を経て、雑誌編集の道へ。女性の興味・関心ごとを探る日々。好きなものは、こけしとおかし、お寺と仏像、お笑い全般。得意ジャンルは、雑学、ブーム、ゴシップ系。くだらないこと(もの)、大歓迎!
(共同通信)

UNTITLED (一般書)
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