『検察側の罪人』 雫井脩介著


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職人技に刮目せよ
 東京地検刑事部の最上はベテランのやり手検事。法の力と人の心を信じ、あらゆる瞬間に、できるだけ正義であろうとする。もちろん手強い被疑者には、狡猾な心理戦や強引な駆け引きを仕掛けるものの、それもまた職務のうち。教官時代の教え子で同じ刑事部に配属された新人・沖野から見れば、まさに理想の先輩だ。

 大田区で起こった老夫婦殺人事件。捜査線上にのぼってきた松倉という男は、すでに時効になっている少女殺人事件の重要参考人でもあった。かつての事件と関わりがあった最上は、今度こそ松倉に法の裁きを受けさせようとする。
 圧巻なのは、取調室でのやりとりだ。なかなか犯行を自供しない松倉に対して、担当となった沖野は、あの手、この手で迫る。わざと感情的になったり、新人故に本当に感情をたかぶらせて恫喝したり。時には同情するそぶりを見せ優しく諭すように自白を促す。尊敬する先輩から担当を任された沖野は、なんとかその責を全うしようと、全力で取り調べに挑む。しかし一向に容疑を認めない松倉。一歩も進まない日々を繰り返し、沖野は制限時間を目前にして、精神を疲弊させていく。その経緯が、なんともきめ細やかに描写されているのだ。
 登場人物たちの感情の糸やドラマの曲線を、ほつれたり、無理に折れ曲がったりしないよう、丁寧に慎重につないでいく。こういうことになったら、こう思うでしょ? こんなふうに言われたら、こう返すでしょ? という小説内予定調和を一切排して、あくまでそこにオリジナルの人間がいるように、生々しい感情と肉声を丹念に拾っていくのだ。そしてやがてそれら全てが、大きな物語の大切なワンピースであることに気づかされ、読者は愕然とさせられる。
 物語は終盤、「正義とはなんなのか?」という問題に直面する。それは小説のテーマとはしては決して新しいものではないかもしれない。しかしその問題を立ち上げるまでの過程と、立ち上げることになる登場人物たちの造形に、著者にしかできない職人技を見るのだ。
 ミステリー故、これ以上はどうしても筋の説明になってしまうので、もうここはシンプルな一言で締めたい。
 ぜひとも読んでみてください。
 (文芸春秋 1800円+税)=日野淳
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日野淳のプロフィル
 ひの・あつし 1976年生まれ。出版社で15年間、小説、音楽、ファッションなどの書籍・雑誌の編集に携わり、フリーランスに。今、読む必要があると大きな声で言える本だけを紹介していきたい。
(共同通信)

検察側の罪人
検察側の罪人

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雫井 脩介
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日野 淳