『共震』 相場英雄著


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被災地ミステリーをどう読むか
 『震える牛』などの社会派ミステリー小説(という言葉はほとんど使われていないが、他に適当な言葉が見当たらない)で人気を博する著者の最新作である。舞台は東日本大震災の被災地。さらには最も多くの死者を出すこととなった宮城県沿岸部が中心だ。

 これまでもフィクション、ノンフィクションを問わず、そして間接、直接の違いがあれど、様々な本で震災や被災地が描かれてきたが、ミステリー・エンターテインメント小説の舞台としてここまで現状が引用されるのは、初めてではないかと思う。そこで震災絡みの殺人が起きて、犯人は誰だ? という話なのだ。
 2013年4月、事件は起きる。宮城県庁職員であり、「震災復興企画部特命課長」が東松島の仮設住宅で殺された。彼は震災直後から、宮城県のみならず、福島や岩手の被災地を飛び回り、役人という立場を超えて被災者に寄り添ってきた男だった。「なぜあんな良い人が?」彼を知る人はみな口々にそう語る。大手新聞社の記者である宮沢賢一郎もまた、彼の仕事ぶりや人柄に信頼を寄せていた。宮沢は真相を究明するために独自の調査に乗り出す。
 「事件以外はノンフィクション」というのは本の帯に掲載された書店員の推薦コメントからだが、まさに震災の爪痕はもちろん、その土地に暮らす人々の営みやご当地グルメに至るまで、克明に描かれている。著者は同じ宮沢賢一郎が主人公で東北が舞台のシリーズものミステリーを書いていたこともあり、震災以前から、何度も東北沿岸部に足を運んでいたそうだ。もちろん震災後もかなり早い段階から、その様子を見てきた。
 でもだからといってこの小説が素晴らしいということにはならない。
 これが小説である以上、さらにはエンターテインメント小説である以上、問われるのは「面白い」か否かである。そして筆者はこの小説を「面白い」と思った。その面白さには、被災地が舞台であるという設定上のシリアスさも寄与しているのは確かだが、決してそれだけでは面白くなどなれるはずがない。人が懸命に生きている。できればみな正しくありたいのに、現実の厳しさに打ちのめされ、時に曲がったり、衝突したりして、事件は起きてしまう。それでもまた、正しくあろうと立ち上がる者たちがいることもまたひとつの現実。そんな物語を今、鮮やかに描くのに最も適した場所が2013年の被災地だったということだ。
 被災地を舞台にするには覚悟が必要だっただろうし、いつもよりも繊細で丁寧な取材も必要だったはずだ。しかし、それを称賛する必要はない。なぜならそれはこの小説にとって必要最低限のことだからだ。面白ければなんでもいいというのは下品だが、面白くあるためにはどんな努力でもするべきだ。
 宮城県石巻市で18歳までを過ごした筆者は、この小説と確かに「共震」した。
 (小学館 1500円+税)=日野淳
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日野淳のプロフィル
 ひの・あつし 1976年生まれ。出版社で15年間、小説、音楽、ファッションなどの書籍・雑誌の編集に携わり、フリーランスに。今、読む必要があると大きな声で言える本だけを紹介していきたい。
(共同通信)

共震
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