『生きていく絵』荒井裕樹著 自己表現で支えられる生


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 「心を病む人とアート」と聞いて何をイメージするだろう。診断・治療に表現活動を活用する「アート・セラピー」、あるいは新しい芸術の可能性を宿す「アウトサイダー・アート」。だが本書に紹介されている作家とアートの関係は、そのどれにも当てはまらない。

 東京の精神科病院における造形教室で創作を続ける4人の作家(=患者)。今日一日を生きることがやっとの彼らは、その苦しみを誰かに伝えなければ生きていけない。逆にいえば、自分の苦しみが他者に届いたとき、なんとか自分を支えられる。ギリギリの状況で生まれた作品と、その表現を生み出した生との結びつきを著者は丁寧に解きほぐしていく。
 作品にぎくりとする。入浴後に浴槽のガスを閉めたかどうか不安になり、確認したまま静止する男を描いた油絵。作者は強迫性障害を持つ男性だ。その絵を前にしたとき、著者はしばらく身動きできなかったという。
 白いテーブルに4人分の石膏製の食器が置かれた作品。だが食器は蓋をされたように縁まで石膏が詰まっている。家庭内虐待を受けていた作者は、家族と同じ食卓に着けず、いつも食器を洗いながら家族3人が楽しそうに食事する姿を見ていた。完璧な石膏の食器をそろえるために10年かかった。
 治るためではなく、表現するためでもなく、生き続けるために生み出されたアート。それは不思議と生きることを促す力を持っている。生きづらさにあふれた社会を生きる私たちも無縁ではない。
 (亜紀書房 2200円+税)=片岡義博
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片岡義博のプロフィル
 かたおか・よしひろ 1962年生まれ。共同通信社文化部記者を経て2007年フリーに。共著に『明日がわかるキーワード年表』。日本の伝統文化の奥深さに驚嘆する日々。歳とったのかな。たかが本、されど本。そのあわいを楽しむレビューをめざし、いざ!
(共同通信)

生きていく絵――アートが人を〈癒す〉とき
荒井裕樹
亜紀書房
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片岡義博