『与那国台湾往来記』 両岸の「生活圏」描く


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『与那国台湾往来記―「国境に暮らす人々」』松田良孝著 南山舎・2415円

 戦後闇市の時代に与那国島と台湾、日本本土などとの間で行われた、いわゆる「密貿易」について当事者に話を聞くと、大抵「あれは密貿易ではない」という言葉が返ってくる。その言葉には現在認識されている犯罪としての密貿易と当時の行為とは違う、との思いが強く感じられる。

 このたび刊行された『与那国台湾往来記』では、そうした思いの背景が明快に語られている。本書ではかつて与那国と植民地台湾との「往来」を経験した人々に焦点を当て、「彼ら/彼女ら」がどのようにして二つの島を行き交い、両岸を包含する「生活圏」を築いていったかが、生き生きと描かれている。
 物語の軸は著者が聞き取った経験者たちの半生と、与那国島久部良漁港の対岸にある「蘇澳南方」という漁港である。本書によれば日本の台湾領有後、台湾市場と台湾を窓口にした東アジア規模の物流によって、久部良と「蘇澳南方」はともに水産基地として発展を遂げ、その過程で与那国の人々は「蘇澳南方」を窓口に、台湾との「往来」を活発化させていったという。本書ではそうした人々の生活ぶりが当事者の語りを通じ、台湾社会の動向とともに戦後に至るまで詳細な史料的裏付けをもって記述されている。つまり「密貿易」は少なくとも「往来」する人々にとって、築かれてきた営みの継続にすぎなかった。
 このような「往来」は、東アジアにおける東西対立の激化に伴い、米軍政府による「国境管理」が厳格化されたことで不可能となった。しかし逆に、それまでは「密貿易」をも可能にする人的つながりが両岸の間で培われてきたともいえる。その過程を本書が明らかにしたことは、戦後占領統治が行き届かない中で、台湾の人々と連携しながら自らの手で生活再建や自治を模索した「与那国人」のあり方を理解するうえでも大変意義深い。島外との物流が不可欠な現在、今後の与那国と台湾の関係や、ひいては沖縄の自立を考えるうえで、「往来」者たちの経験は示唆に富んでいる。
 (小池康仁・法政大学沖縄文化研究所国内研究員)
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 まつだ・よしたか 1969年、埼玉県大宮市(現・さいたま市北区)生まれ。八重山毎日新聞記者。「生還―ひもじくて “八重山難民”の証言」で2010年の新聞労連第14回ジャーナリスト大賞を受賞。

与那国台湾往来記―「国境」に暮らす人々 (やいま文庫)
松田良孝
南山舎
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