『うたうひと』 対話する時間の豊かさを再認識


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 酒井耕&濱口竜介は東京芸大大学院映像研究科監督領域の同期。東日本大震災後は、せんだいメディアテークが開設した震災体験を記録保存するプロジェクト「3がつ11にちをわすれないためにセンター」に参加するために東北へ入った。

 それがカタチになったのが『なみのおと』と『なみのこえ』。両作は沿岸部で津波被害に遭った人たちの対話のみで構成された口承記録で、町が波に飲まれるような映像は一切出てこない。それでも私たち観客の頭の中には震災当時に何度もテレビ報道などで見た風景が鮮明に残っているため、彼らの状況がイメージできるのだ。何より体験者の言葉には、引き込まれてしまう生々しさがある。震災ドキュメンタリーは数多く製作されているが、個人的には1、2位を争う秀作だ。
 その両作を製作する上でヒントにしたのが、東北地方伝承の民話語りだったという。そこで『うたうひと』は、「みやぎ民話の会」などによる民話の語り聞かせを記録。前2作と合わせた東北記録映画3部作が完成した。
 同じ話でも口承ゆえ語り手によって少し内容が違ったり、土地の風習や教訓を伝える話だったり思わず聞き惚れてしまう。そして東北弁のなんと温かいことか。この3部作は、TwitterやLINEで会話することの多くなった昨今、人と人が直接対話する時間の豊かさを再認識させてくれる貴重な記録である。★★★★★(中山治美)

 【データ】
監督:酒井耕、濱口竜介
撮影:飯岡幸子、北川喜雄、佐々木靖之
出演:伊藤正子、佐々木健、佐藤玲子、小野和子
11月9日(土)から東京のオーディトリウム渋谷で公開
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中山治美のプロフィル
 なかやま・はるみ 映画ジャーナリスト。1969年水戸出身。スポーツ紙出身の血が騒ぎ、撮影現場やカンヌ、ベネチアなど映画祭取材に燃える。三池崇史、深作欣二、キム・キドク、アキ・カウリスマキなどひとクセのあるオヤジたちが大好き。
(共同通信)

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中山 治美