『津堅赤人』 島の英雄、壮大に描く


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『津堅赤人』琉球新報社・1800円 儀間比呂志文・絵

 儀間比呂志が絵本を描き、世に問い始めたのは、沖縄の本土復帰前後であった。つまり沖縄全体に「ヤマト志向」が高まっていたその時である。優れた文物の大抵はヤマトからもたらされるかのようにも思われたその時代、儀間は大阪にいて強く「沖縄」を志向した。ともすると沖縄人(うちなーんちゅ)が沖縄を卑下する風潮の中で、儀間絵本に描かれた「沖縄」はたくましく、優美で、そして誇りに満ちていた。

 儀間の絵本が注目を浴びたのは、沖縄の独特な文化や風土の下、苦境にあっても伸びやかに生きる民衆の物語を取り上げたことにあったかもしれない。しかし、何よりも儀間の誇り高き意志は、描かれた線・形・色に宿り人々の心をとらえたと思われる。木版画を主な表現手段とする儀間作品の特徴は巧みな白と黒のコントラストにある。それは南国の強い陽光の陰影を示し、苛烈な出来事に翻弄される人々の心模様を示し、亜熱帯の地に野太く生育する命を示す。儀間の造形は「沖縄」そのものを体現し、借り物でもなく、よそ行きでもないワッターウチナー(我らが沖縄)を触感させたのである。
 「沖縄」を描き続けた儀間絵本は、本書『津堅赤人(ちきんあかっちゅ)』で32作目になる。主人公の赤人は、その昔うるま市津堅島に実在した人物である。武術を能くし、余程の剛力無双ぶりを発揮したと見えて、その超人的な伝説は民間で語り継がれてきた。中でもメーンエピソードと言えるのは、はるばる朝鮮にまで流れ着き、凶暴な虎を退治するくだりである。ファンタジーの混入も疑われる程壮大なスケールの伝説は、そもそも儀間好みであったかも知れない。
 しかし、儀間は単に言い伝えを再現する手法はとらない。本書においても儀間流の創作が加えられ、心優しい英雄として赤人は生まれ島に恩恵を持ち帰る。赤人のその姿は、沖縄にこだわり、沖縄を描き続ける儀間本人の姿勢であるとも言える。
 卒寿を迎えた作家が、この度本書を出版した。衰えぬ創作の情熱は驚異であるが、その熱源をたどる時、常に「沖縄」がそこにある。
 (喜久山悟・熊本大学教授)
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 ぎま・ひろし 1923年那覇市生まれ、大阪府在住。大阪市立美術研究所で洋画を学ぶ。創作絵本「ふなひき太良」「南洋いくさ物語 テニアンの瞳」など多数。