『夢幻漂流』 抑えた語り口、広がる寂寞


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『夢幻漂流』岡本定勝著 ボーダーインク・1500円

 2006年に山之口貘賞を受賞した詩人の、受賞後初の詩集。同人誌「EKE」に発表されたものを中心に編まれている。
 書名の通り、夢うつつを漂っているような詩が並ぶ。丸木は浜に打ち上げられ、船は空に流れ、男はさすらう。海と島を自由に行き来し、自分と周囲との境界すらなくなるような境地。

 時間もまた果てしなく広がっている。縄文期には鹿が森に現れていた「あめく」は20世紀の戦火をへて「おもろまち」となり、小さな教会はいつか朽ち果てて石になり、海亀が海原を回游する千年のうちに死者は幾代にもわたる。そんな明け暮れを、詩人は静かに見ている。
 はるかな時空のなかでふと「かなしみ」を感じたとき、それを打ち消すのはいつも歌だ。
 〈落した魂を よびもどす呪歌が流れると/かなしみは消えて/美しい陽炎がたつ〉(「吹きさらしの島は」)
 〈かさぶたになった憎しみや悲しみが/ひとびとの脳に巣くって/切ない歌をうたう すると/はるかな群青の天涯から訪れる祈りの音楽が/風になって溶かしはじめる〉(「溶ける風景」)
 人の皮や骨が溶けていく様は、グロテスクでありながら救いのようでもある。自分を脱ぎ捨てて海に溶けてしまえば苦しむこともない。まるでユートピアだ。あまりに美しすぎるのではないかと危ぶんでいると、最後の詩に不吉な場面が現れる。
 〈後ろ隣りの 赤ん坊の泣き声が止まない/赤ん坊は小さいこぶしを握ってなかなか開かない/それはこの世界を/拒絶しているからだ〉(「目撃そしてたましいは砕かれ」)
 赤ん坊が拒むのはこの世の政治でも災害でもなく、まるごと〈この世界〉である。なぜ拒まれるのか。ここまで描かれてきた〈世界〉は何だったのか。
 すべて夢だった、とは言ってほしくない。不安に駆られて最初から読み直す。抑えられた語り口から〈寂寞〉が広がっていくのが、見える気がした。
 (宇田智子・市場の古本屋ウララ店主)
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 おかもと・さだかつ 1937年平良市(現宮古島市)生まれ。「EKE」同人。「記憶の種子」で第29回山之口貘賞受賞。