【交差点】南の島の…


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 インドネシアに来た当初、設備の据え付けや梱包(こんぽう)の仕事をしていた私は、工場や港の現場に出ることが多かった。日本人の私1人に、会社から派遣されているスタッフが2、3人、そして日雇いの荷役労働者が数10人で作業を進めていた。
 彼らの中に、ジャカルタから約60キロ離れたボゴール州から、電車に乗って通っているアミールという男がいた。インドネシアでは、電車が駅に入る手前に来ると、周りの線路脇からドアに殺到する。窓から乗り込む者もいるし、車内に入れないと分かると、屋根に登ったり、窓にしがみつく者もいる。
 このアミールも、電車の屋根を常用の席としていた。彼いわく、屋根の上に座ると、風が気持ちよくエアコンはいらない。さらに自慢げに言うには「車掌が見回りにこないので、お金を払わなくていい」ということだった。「雨が降ると危険だ。すべって落ちたら、死ぬかもしれない。雨の日はやめなさい」と注意した。彼は、きょとんとした顔をしていたので、私の言葉がうまく伝わらなかったのだと思っていた。
 雨期に入ったある日、雨の中、現場に着くと作業者の姿が見えない。作業者をまとめている親方を呼んで聞くと、休みだという。私が怒り出すのを見て、悪びれた様子もなく雨だからと答えた。都市部では、もうそんなことはないが、少し地方に行くと、朝から雨が降ると仕事を休み、現場に出てこない。雨期はそれが多くなるそうだ。
 雨が降ったら仕事に行かない。だから、雨の中、電車に乗ることはない。私がアミールに言ったことは、彼の思考の中に存在せず、理解できなかったのである。初めて実感した異文化であった。
 私が最初に体験したインドネシア。経済成長は著しかったが、まだ平和でのんびりしたところもあった。南の島、南の国…風が吹いたら遅刻して、雨が降ったらお休みという、小さな時に習った歌の世界、そのものがあった。
 (太田勉・在インドネシア企業経営)