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<メディア時評・NHKはどこに行く>「業法化」する放送法 問われる放送の存在意義


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 会長発言で揺れるNHKであるが、その裏で放送制度の重要な変更がなされようとしている。来週中にも閣議決定が予定されている放送法・電波法改正に伴う業務変更だ。2007年末に改正された放送法では、その付則で法施行5年後の検討・見直しが求められていた。そこで放送の所轄官庁である総務省が「放送政策に関する調査研究会」(座長=長谷部恭男・東京大教授、12年11月から開催)を立ち上げて検討していたもので、今国会への法案上程が予定されている。

ローカル放送の行方

 改正の趣旨としては「近年における放送をめぐる社会情勢の変化等を踏まえ、経営基盤強化計画の認定に係る制度を創設し、認定放送持株会社の認定の要件を緩和するとともに、日本放送協会(NHK)による国際放送の番組の国内提供やインターネット活用業務についても規制緩和を行う」としている。前段は民放に関わる変更で、とりわけ地方ラジオ局の経営状況の悪化に対処するため、局再編を進める狙いを持つとされる。
 日本の放送制度は、圏域放送と呼ばれる都道府県ごとに異なる放送局が存在し、地方色豊かな独自の番組を放送することを原則としている。それにあわせて放送免許も、県をカバーする出力に合わせているのが実態だ。さらに、都道府県ごとに、民放が何局存在するのが望ましいかを行政の調整によって決め、その実現に努めてきた(大臣告示の基幹放送普及計画によって決められている)。
 しかしこれは、法の定めによるものではなく、あくまで地元の要望などを勘案した行政裁量だ。そこで、経営状況の悪化によって地方の放送局数が減少することを防ぐため、前述の計画を変更することなく、新たに別途別の基準を設けることによって、実質的な救済を図ろうとするものだ。
 具体的には、県をまたいで異なった放送局が、1日を通して同じ番組を流すことでコストカットし、「地域住民の生活に必要な基幹メディアとして存続できるようにするための制度」と説明されている。このため、放送局自らが「経営基盤強化計画」を作成し、総務省のお墨付きをもらうことによって1波複数局が実現することになる。
 その際には、「地域性確保のための代替措置」をとることが求められることになろうが、その中身が災害時における当該地域向けの放送だけでよいのかどうかは疑問だ。例えば同一番組になることによって、隣県ニュースが恒常的に見聞きできるようになる一方、「おらが町」の放送局という意識は確実に薄れるだろう。その時、東日本大震災時に見られたような、ローカル放送による安心感の醸成や、住民サポートによる情報の収集を的確迅速に行うことができるかは、まさに放送局と住民の距離に大きく依存しているからである。
 放送局存続のための工夫としては認められようが、局自身が自らにどのようなハードルを課すかがむしろ、将来にわたる存在意義に大きな意味合いを持たせることになるだろう。

NHK業務拡大

 そしてもう一方の改正の目玉が、NHKに関する二つの変更だ。一つは、「国際放送の番組の国内放送事業者への提供業務の恒常化」で、海外の外国人向け英語放送であるNHKワールドTVを、国内に在住・滞在する外国人が聞けるようにしようとの発想である。そのこと自体、一見「悪くない話」ではある。だが、受信料を払っていない旅行者向けの放送を制作・提供するということが、厳格に受信料支払者への受益者還元を旨としてきた制度にどのような影響を与えるかは不透明だ。
 日本在住の外国人に対し、日本語以外の放送を行うことはむしろ公共放送として求められていることであって、それは受益者負担の原則からも、震災時等の緊急対応の側面からも必要と考える。しかし、それは「国際放送」に求められていることではなく、「多言語放送」として別途きちんと位置づけて実行すべきものである。元来の趣旨に合わないかたちで業務を変更し、しかも政府の考え方が反映されやすい放送領域を拡大することが、安易に行われることは好ましくなかろう。
 そしてもう一つが、「NHKのインターネット活用業務の拡大」である。政府は〈拡大〉と表現するが、実質上の全面解禁に近い変更になる。NHKの業務は法によって厳しく規制されていて、これまでネット上で許されていたのは、ラジオの同時配信(らじる★らじる)やオリンピック時の放送対象外競技のライブ配信、さらにはNHKオンデマンドの有料サービスと、NHKウエブサイト上の放送されたニュース素材をまとめるなどしたNHKオンライン、そして大規模災害時の緊急災害放送の同時配信程度であった。
 それを一気に、「何でもあり」にしようということで、ほぼ唯一の例外として地上波放送の同時再送信だけは認められない見込みである。これは、テレビ受像機を対象とした受信料収入に支えられている限り、論理的に当然の帰結ともいえるが、事実上、ネット解禁することがNHKにどのようなインパクトを与えるかについては不安が大きい。
 なぜなら、ネット事業の拡大が地方局の取材記者や番組減につながる可能性を否定できないからである。あるいは、ネット上の「公共放送」が必要なのかの議論も不十分なままである。それは放送の地域性や公共性より、経営効率や行政の都合を優先するものにほかなるまい。こうした放送法の「業法化」は、必ずや最後は視聴者にしっぺ返しがくるものだ。
 NHKが誰のものであるのか、そしてその役割が何なのか、そうした真摯(しんし)な議論がいま国会には求められているのであって、NHKの個別番組をつるし上げて自己の宣伝の場に貶(おとし)めるような、低俗な国会議論は不幸だ。こうした政治家の意思に報道機関を従わせようとの意識は、石垣市の陸自配備報道における防衛省抗議にも通じる。こうした一連の動きは、民主主義社会における報道の自由を確保する上で看過できない問題で、断じて許されない。
(山田健太、専修大学教授・言論法)