『命の旅人―野本三吉という生き方』 理想に燃える半生を記録


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『命の旅人―野本三吉という生き方』大倉直著 現代書館・2000円+税

 先日、沖縄大学で加藤彰彦先生(野本三吉さん)の最終講義が行われた。僕は恐れ多くも司会を拝命。緊張したが「横山くんの声は落ち着きますよ」と仰っていただき、大役を果たすことができた。終了後、野本さんはあいさつに来た方一人一人と丁寧に言葉を交わされた。長蛇の列は途切れず、これも先生らしい最終講義だと思った。

 本書は、沖縄大学学長、作家、ソーシャルワーカーなど、さまざまな顔を持つ野本三吉さんの半生を、かつての教え子である大倉直さんが、広範かつ詳細な聞き取りから再現したものである。生まれた場所を訪ね、家族を訪ね、過去の同僚や先輩、教え子を訪ねるのだ。
 なぜ、ここまで大倉さんが野本さんに引かれたのかと興味深く思うとともに、本書は教え子が「先生」という大きな壁に挑んだ軌跡であるとも感じた。どのエピソードも聞き逃すまいと記録し、時に本人と議論しながら「この人は何者なのだろうか」と逡巡(しゅんじゅん)するのである。
 数多くの物語の中で僕が最も引かれたのは横浜の寿町で日雇い労働者の生活相談をしていたころのくだりだ。自らもドヤ街に暮らし、部屋を開放していた野本さん。給料も街の人たちに渡し、皆で管理していたという。生活の全てを注ぎ、全力投球で現実の矛盾と向き合い、理想に燃えている姿がそこにあった。
 僕は沖縄での野本さんしか知らない。今は仏のような雰囲気もあるが、かつての激しさに触れ、沖縄に暮らす中で野本さんも変わり、もともと持っていた穏やかな一面がより引き出されていると感じた。その意味では沖縄での記述をさらに深めることで野本三吉の全体像がより見えるようになるだろう。そして、その記述は沖縄で教わった僕らが引き受ける仕事になる。
 野本三吉をテーマにした初の評伝であり、今後本書を基にさまざまな野本三吉論が生まれるだろう。読者もきっと野本三吉のことが書きたくなるだろう。人生を歩む指針となる必読の書である。
 (横山正見・沖縄大学障がい学生支援コーディネーター、非常勤講師)
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 おおくら・ちょく 1966年生まれ。ノンフィクション作家。著書に「奇蹟の学校」「陸軍将校のつくったチーズ」など。

命の旅人―野本三吉という生き方
大倉 直
現代書館
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