『フェンスに吹く風』 臨場感あふれる新表現


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『フェンスに吹く風』又吉弦貴、吉田啓著 音羽出版・1200円+税

 女子高生、あかねたちクラスメートは放課後、スーパーボールで遊んでいるうちに、跳ねたボールがフェンスの向こう側に飛んで行ってしまった。よくあることだが、ここでは事情が違った。そのフェンスの向こうは米軍基地だったのだ。
 この小説に登場する、沖縄の女子高生はリアルだ。その年代に共通する感情と地域特有の事情が頭の中に混在する様を描く。おいしいもの、好きな音楽、基地、戦争、サトウキビ畑、クラスメート、転入生、米兵、治外法権などランダムに思考がアクセスする。

 このパラノイア的症候群は読者に自身の高校時代を頭の中をよみがえらせる。高校生気分が再現され、その気分で読み進めさせられるのだ。だから主人公の高揚も切実さも憤りも、そのまま読者の高揚、切実、憤慨となる。主人公と一緒に現在進行形を生きることになる。高校時代の心情にタイムシフトする感覚を覚えた。
 かつて日本の街が熱で埋め尽くされる時代があった。ゲバ字のタテカン、ウディ・アレンのおいしい生活、メッセージ、アジテーション、主張、妄想、共鳴、体温。それらはあらゆる場所に混在し、何げなく歩いている人々の目に、瞬く間に入り込み、脳の中にすみ着いて、活動のエネルギー源となった。
 これは、何げなく読んでいるうちに次第に熱を受け取り、気が付くと自ら発熱しているような、不思議な、巻き込まれ型魅力のストーリーとコンセプトの新感覚小説である。いまだかつてない新しい感覚なのだ。みんな一緒にこの気分を味わおう、と言いたくなる。
 このように頭の中からその場にいる気持ちになるのは、もともとは舞台のストーリーだったからかもしれない。観劇の臨場感や迫真さをそのまま小説に持ってくることに成功したまれな例だともいえる。小説の表現領域としても新しい展開といえるのではないだろうか。
 この映像化の話もあるという。NHK「中学生日記」が突然変異的に進化したようなドラマになって、映像表現においても新風を巻き起こすかもしれない。期待大である。
 (山川直人・映画監督、東京工芸大学教授)
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 またよし・つるき 1963年、沖縄生まれ。那覇市立古波蔵中学校教諭。那覇地区道徳教育事務局長。
 よしだ・ひろし 1963年、東京生まれ。映画プロデューサー、脚本家、CM監督、ライター。

フェンスに吹く風
フェンスに吹く風

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音羽出版
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