『近代沖縄の洋楽受容』 異文化への「反転現象」


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『近代沖縄の洋楽受容』三島わかな著 森話社・7500円+税

 廃藩置県から昭和前期までの洋楽受容の歴史を沖縄の自文化と異文化との関係性から論じた書である。本土における洋楽受容の先行研究を周到に踏まえながら、新発見の史料を含む丹念な資料の収集、その綿密な分析と比較考察による優れた労作であり、近代沖縄音楽史の本格書として特筆に値する。

 また、貴重な写本手稿譜や豊富な譜例、さらには年代別に分類した伝統音楽の五線譜採譜の記録一覧も所収されており、歴史研究上の資料価値が高い。
 異文化と自文化の葛藤をめぐる著者独自の観点が本書にはある。近代沖縄は洋楽の「直接的摂取」というよりも、洋楽という異文化との接触によって、かえって自文化への意識が強く自覚され、沖縄固有の、あるいは沖縄で洋楽受容の先端に立った音楽家の沖縄固有性が活性化されるに至ったとする観点である。異文化への「反転現象」としたこの視点が面白い。
 例えば宮良長包の創作活動が唱歌、童謡の模倣的な作風期を経て、後に八重山古謡を素材とした創作に傾斜していく経緯が詳細にたどられる。その背景には、八重山の音楽調査を行った田邊尚雄の影響があり、また昭和初期の全国的な郷土教育の潮流の下「郷土らしさを表象した音楽創造への希求」が生じたとしている。
 著者はこうした変遷を宮良が社会的におかれた「時代性に起因する」ものと強調しているが、冒頭の著者自身の観点からみれば、洋楽の試行的受容期から「異文化への反転」現象までに要した時間の推移とも考えられるのではないか。
 時代や地域にかかわらず異文化を受容する共同体、なかんずく個人としての創作者は、自己の内面に「既存の構造と新情報との間の葛藤を通して能動的な再構成が常に行われている」(小坂井敏晶)種の主体的経験の歴史でもある。
 著者自身が結論で述べるように、沖縄の近代音楽が「自らの内と外とを行きつ戻りつしながら成熟した」動態であることを再確認したい。
 山内盛彬の伝統音楽の収集採譜の経緯と、山内の創作作品についても詳しい言及がある。(中村透・琉球大学名誉教授)
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 みしま・わかな 1970年、沖縄県生まれ。97年、県立芸術大大学院音楽芸術研究科修了。2011年、同大学院芸術文化学研究科より論文博士で学位取得。現在、県立芸術大、沖縄大、県立開邦高校非常勤講師。

近代沖縄の洋楽受容―伝統・創作・アイデンティティ