『宗教改革の物語』 本質回帰からの民族形成


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『宗教改革の物語』佐藤優著、KADOKAWA・3300円+税

 西洋中世の歴史を批判した学術書でありながら、極めて今日的な啓蒙(けいもう)書となっている。
 高校の西洋史では「宗教改革」を、マルチン・ルッターのやったことで、「近代」の夜明けになると教わる。が、本書によれば、その萌芽(ほうが)がそれより1世紀前にチェコ地方であり、主人公のヤン・フスが異端者として処刑された。そのドラマチックな描写で始まるのは、学術に加えて物語として語るためだ。

 フスはイギリスの先達(せんだつ)ジョン・ウィクリフに学び、キリスト教の基本を聖書そのものにありとしたが、その経緯が必然的に聖書入門として語られ、聖書の読み直しをも誘う。
 聖書へのこだわりが、当時もはや道具と化していた教会の秩序への抵抗を生み、ひいては本質回帰というべき近代リアリズムを育てた。これが宗教改革の根にあるが、その先に人間愛の再確認がある、というのが、一貫したテーマだ。
 チェコ地方では古来、諸民族が混在していたが、フスの本質回帰の運動のおかげで、民族・社会・文化の個性としての「エトニ」(英語でいうエスニック?)が育ち、それがチェコ語(という標準語)の普及と民族のアイデンティティーの確立を促し、ヨーロッパの近代化にも貢献した。(民族のアイデンティティーを育てるには独自の標準語が先決だと、フスとの縁でチェコ語をマスターした著者は、別途に沖縄の今日の言語問題に絡めて言っている)
 この論の先に「沖縄」が登場し「沖縄において、過去5年の間に急速に独自のエトニ意識が育ち、もはや沖縄(琉球)民族というネーション形成の初期段階に入っていると見たほうがいい」とする。これが著述の動機の底流にあったかとも思われる。
 新約聖書を出発とする歴史論でありながら、フスの理論を継いで旧約がイエス・キリストへの道を準備していると語るのも、現代の願いのために本質を語っているようであるし、本の副題に「近代、民族、国家の起源」とあるのにも、今日的、長期的な視野に立つとの志向が見える。(大城立裕・作家)
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 さとう・まさる 1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本国大使館勤務などを経て国際情報局分析第一課主任分析官として、対ロシア外交の最前線で活躍した。現在、作家として活躍中。

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