『ウイスキー・ボーイ』 五感総動員する表現力


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『ウイスキー・ボーイ』吉村喜彦著 PHP文芸文庫・750円+税

 那覇の栄町市場一帯限定の酒類消費について、何も大げさに調査したわけではないが、おおよその見当では、圧倒的に泡盛が多い。続いてビール、そしてワインなのかな。ウイスキーは四番手というところ。

 その四番手のウイスキーを実にかっこよく飲む一群がいる。いつもニコニコ代金引換払いのキャッシュ・オン・デリバリー方式。カウンターにさり気なく現金を置くとスーッとウイスキーが。40年くらい前のオキナワンのジャズメンという感じで、しびれるほどカタグヮーなのである。
 国内にあっては、沖縄ほどウイスキーを消費した地域はなかったはずだ。米軍基地からの戦果も手伝ってか、身近なところにウイスキーが。泡盛をベストソーダで割って飲む酒は、今でいうハイボールだったわけね。
 時代は過ぎて、沖縄にも派手な宣伝を先頭にSとかNというヤマトゥウイスキーが上陸してきた。とにかくCMがすごかった。
 今でも、そのときの映像と効果音と挿入音楽を覚えている。「ウイスキー・ボーイ」は、ウイスキー会社の宣伝部員の葛藤を描いているのだが、作者そのものが、元S社の宣伝部に属した人物だけに、どこまでが何で、何がどこまでなのか。うねっ、S社宣伝部といえば開高健や山口瞳を輩出した部署ではないか。
 作者はさすがにウイスキーの宣伝を手掛けていただけに、五感を総動員するすべを知り尽くしている。「モルト・ウイスキーとグレイン・ウイスキーをブレンドしてつくられたのは、強烈なジョン・レノンと優しいメロディアスなポール・マッカートニー」と例える。モルトとかグレインというにはよくは分からないが、そうかぁ、ビートルズの音楽みたいなものなのか。
 元宣伝部員は、酒に関する知識はもちろんのこと、酒のつまみにも詳しい。沖縄の料理にも造詣(ぞうけい)が深く、しばしば沖縄料理が脇役として登場してくる。
 以前に「ビア・ボーイ」が刊行され売れた。次作はきっと「アワモリ・ボーイ」に行き着くのでは。物語の最後は、そういうことを予感させる。
 (宮里千里・栄町限定エッセイスト)
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 よしむら・のぶひこ 1954年、大阪生まれ。京都大学教育学部卒。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。著書に「こぼん」「ビア・ボーイ」など。

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吉村 喜彦
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