『奄美諸島の民俗文化誌』 現地主義貫き歴史につなぐ


社会
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『奄美諸島の民俗文化誌』下野敏見著 南方新社・3500円+税

 本書の性格は誰よりもまず著者自らに語ってもらうのがよいであろう。「あとがき」には次のように記されている。
 「本誌は、基本的には、筆者が50年の間に奄美8カ島全集落を何回も巡り、たくさんの方々に出会い、教えてもらって記したノートやカード、写真を基に構成したものである。(中略)全て現地主義で、実際に見聞したことを中心に記しておいた」。

 その言葉通り、本書は1960年代後半から今日まで、ほぼ半世紀の間、現地で資料を蓄積してきた、いわば足で積み上げた民俗文化誌である。徹底した現地主義に時間的な厚みが加わっている点、民俗宗教から物質文化まで幅広い分野を扱っている点、および写真をふんだんに使って説明している点などが本書の特徴となっている。
 本書の脱稿は「平成24年7月15日」である。私はその1年前の春に、本書にもよく登場する加計呂麻島で数日間の聞き取り調査を行ったことがある。その際に知り得た事実と本書の記述とを比べると、両者の落差はあまりにも大きい。
 一例だけ、木慈の例を挙げよう。本書では、村落祭祀(さいし)の場であるアシャゲで草冠をかぶり、神酒を飲んでいる木慈の女性神役達の写真が何枚か使われている。いずれも、1968年に撮影されたものである。
 私が訪れた2011年の春、木慈には女性神役も男性神役も後継者がおらず、絶えていた。アシャゲも虫食いで倒壊し、跡形もなく片付けられていた。
 この一例からもうかがえるように、本書は単なる現在形の「民俗文化誌」ではない。むしろ、50年間の時間的厚みの中で、民俗を歴史に接合する役割をも担う資料の提示になっていると評すべきではなかろうか。
 著者によれば、「本書に収録できなかった資料も多い。特に奄美大島の年中行事は、150余カ所の全集落で調べてあるので、健康が許せばいつかまとめたいと思う」とのことである。心からそれが実現することを願う次第である。(津波高志・琉球大学名誉教授)
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 しもの・としみ 1929年、鹿児島県生まれ。54年、鹿児島大学卒業。鹿児島県内の高校教諭を経て鹿児島大教授、鹿児島純心女子大教授。文学博士。

奄美諸島の民俗文化誌 (南日本の民俗文化誌10)
下野 敏見
南方新社
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