『私が最も尊敬する外交官』 「沖縄密約」証言の忠実と誠実


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『私が最も尊敬する外交官』佐藤優著 講談社・2300円+税

 元外務省アメリカ局長の吉野文六氏が、沖縄返還時のいわゆる「沖縄密約」はなかったと、裁判で証言し、のちにそれを翻した。これにたいする疑問をひっさげて、著者の佐藤が吉野氏へインタビューを試みた。その全容を収めた一冊である。

 吉野は旧制松本高校、東大法学部に学び、在学中に高等文官試験の司法、行政、外交の3部門に合格した、とびきりの秀才だが、その徹底した教養主義を底に秘め、やがて在米研修をへて、ドイツへ渡る。
 ベルリンの日本大使館に勤務しながら、大学でドイツ語を学ぶが、ヒトラーとナチスの思想に感化されない用心を忘れない。
 吉野氏は終始たんたんと語るが、佐藤はインタビュー連続の退屈を避けるように、折々、関連する独自の学識をひろげ、20世紀中盤における日独米ソの合従連衡(がっしょうれんこう)を書いて挟(はさ)む。そこに目立たない技巧で、重厚な現代史読み物の体を作っている。
 吉野は、ヒトラーのナチスに直面する外交の前線で、上に立つ大島大使の外務省内でのいわゆる右派官僚の姿勢に根ざした、業務、生活での、やむを得ない日常応対の場に立たされる。
 そこまで読みついできた読者は、ここで一冊の巻頭に置かれた場面を想起する。そこはいきなり時代を先走り、ベルリン空襲をのがれて地下壕にはいった場面だ。吉野は4年前に大島大使から、「外交は戦争をふくめて考えるべきだ」と説教されたことを思い出す。この巻頭の描写がまさに小説の絶妙なプロローグと同じ効果をもつ。
 ソ連の侵入からヒトラーの自決までの混乱を語る吉野を、佐藤がソ連の崩壊の現場に立ち会った体験と、持ち前の資料で、問いつつ助けて臨場感を生んだ。
 吉野氏の「沖縄密約」にたいする発言の前後矛盾は、外交官としての忠実(ちゅうじつ)と人間としての誠実とが、じつは深い場で合一したものと解されることが、インタビューの成果で見え、佐藤が「私が最も尊敬する」と揚言する自信が、十分にうなずける。
 その真実を、異色の文学作品のような一冊に見たい。(大城立裕・作家)
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 さとう・まさる 1960年、埼玉県生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本国大使館勤務などを経て国際情報局分析第一課主任分析官として、対ロシア外交の最前線で活躍した。執筆、評論、講演活動に取り組んでいる。