『森とともに生きる』 沖縄と重なる問題提起


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『森とともに生きる 中国雲南の少数民族』比嘉政夫監修 大崎正治、杉浦孝昌、時雨彰著 明石書店・4000円+税

 故比嘉政夫先生の遺稿として最後のものだと思う。比嘉先生の蔵書は全て糸満市立図書館に「比嘉政夫文庫」として寄贈され閲覧できる。
 門中研究を中心とした沖縄の民俗学研究で知られる氏であるが、若いときの東南アジア山地民の社会人類学的研究の延長で雲南少数民族の研究を進めておられた。

比嘉先生は監修者であり、大崎正治氏、杉浦孝昌氏が理論面を支え、調査翻訳は中国人研究者と杉浦氏、時雨彰氏が精力的に行ったことがうかがえる。
 今日の日中関係、中国の環境問題・民族政策を鑑みると、森をめぐる少数民族の文化保護と環境保護の問題を詳細な数値を挙げて実証的に研究をされたことは、私のような雲南少数民族を専門とする者にもうらやましく思える。本書は瀾滄江(らんそうこう)(メコン河)流域のタイ族、ハニ族(アカ種族)、プーラン族、ラフ族、ワ族、リス族の9カ村の森と文化に焦点を当てた調査の報告と分析、中国の森林政策への提言をまとめたものである。
 雲南はここ十数年で急激に市場経済化し、素朴な民族文化も森の生物多様性も危機的な状況にある。1950、60年代の大躍進や文革、90年代以降の退耕還林や市場化の生々しい「森の近代史」の史料としても、中国側からは明らかにしにくい実態を把握したという意味でも重要であろう。
 退耕還林政策の問題点、焼き畑の粗放性に対する問い直し、先住民の権利の問題といった大崎氏が示す具体的なデータに基づく提言も、これからの民俗学や人類学は視野に入れなくてはならない。この調査がなされたのは約十年前であり、急激な変貌を遂げる今日の中国ではデータとして古いのであるが、その時点に立ち戻って今日の問題を見詰め直してみると、沖縄や奄美とも重なり合う重要な問題提起がなされていることに気付かされる。
 雲南を調査していた比嘉先生の目には明らかにウタキが見えていた。ウタキ研究からすれば、その起源や伝播ではなく、「可能性」を拓(ひら)いた研究と私は読みたい。(稲村務・琉球大教授)
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 ひが・まさお 1936年那覇市生まれ。琉球大名誉教授。2009年に死去。
 おおさき・まさはる 1937年大阪市生まれ。國學院大名誉教授。
 すぎうら・たかよし 国士舘大非常勤講師
 しぐれ・あきら 國學院大大学院博士課程後期修了、歴史学博士。

※注:大崎正治氏の「崎」は、「大」が「立」の下の横棒なし

森とともに生きる中国雲南の少数民族―その文化と権利 (世界人権問題叢書)
大崎 正治 時雨 彰 杉浦 孝昌
明石書店
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