『数量観光産業分析』 時宜得た分析手法の体系化


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『数量観光産業分析 観光学の新たな地平』 嘉数啓編著 琉球書房・3300円

『数量観光産業分析 観光学の新たな地平』
 建設事業に従事する私が、宮古島の地下水資源開発工事に携わったのは、約20年前である。地下水の持続的な貯留を実現した宮古島では、2008年のエコアイランド宣言を契機に、風力発電やバイオエタノールなど再資源化のための施設が建設された。島内にある施設を訪れることで資源再生を一度に体験できる、いわゆるエコツーリズムなどの新たな観光スタイルが提唱され、今日の島嶼(とうしょ)観光における多様化の実例となっている。

 アジア太平洋地域では、観光がリーディング産業となり、今後はその持続性を検討するための多角的なアプローチが求められるといわれる。島嶼地域の例にみるように、観光産業を取り巻く自然環境などの在り方も時間軸とともに変化するため、分析に当たっては従来の手法を発展させた学際的なアプローチを目指していかなければならない。
 そのため欧米に比較的劣後するといわれるわが国の観光産業の数量分析は、分析手法の体系化が急務の課題となっている。
 本書では、広義の計量経済学の手法を中心とした観光産業の数量分析が、11の専門家・機関により行われている。まずは、レオンチェフの産業連関モデルの理解を端緒に、社会会計行列モデル・応用一般均衡モデルによる観光産業への適用分析まで、シミュレーションを交え体得していく。沖縄観光客数の動向と分析にはグラビティモデル、ハワイの観光産業による経済効果の分析には観光サテライト勘定が用いられている。
 民間事業の経済効率を評価する手法には、費用便益分析に加えてプロジェクト・サイクル・マネジメントの概念が取り入れられている。立案実行から最終評価まで、計画の有効性についてフィードバックされる。資源と観光との関わりにおける観光容量分析や地理情報システムによる観光地の災害・脆弱(ぜいじゃく)性の分析は、持続可能観光の実現のためには時宜を得た手法であるといえよう。
 本書の扉を開くことによって、散在していたこれまでの計量分析の手法が体系化され、観光学の新たなフィールドを一体的に理解していくための序幕になることが期待される。
 (黒沼善博・日本島嶼学会会員、大林組開発事業本部副部長)
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 かかず・ひろし 1942年生まれ。71年、ネブラスカ大学大学院で経済学博士号取得。沖縄振興開発金融公庫副理事長、日本大学教授、琉球大学副学長などを歴任。現在、琉球大学名誉教授、日本島嶼学会名誉会長。