『ドミトリーともきんす』高野文子著


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科学者の言葉にいざなう
 これは不思議な魅力をたたえた漫画。学生寮「ドミトリーともきんす」の2階には科学を学ぶ4人の学生が住んでいる。彼らが寮母やその娘と交わす会話はいっぷう変わっている。トモナガ君が「なぜ鏡の中の世界では、右と左だけが反対になって、上と下は、逆さにならないのでしょう」と尋ねると、寮母が「そういえばそうね」。

 そんなやりとりが描かれた後、朝永振一郎著『鏡の中の物理学』から短い文章が引用される。「物理法則というのはいろんな種類のものがあるわけなんですけれども、それらの法則を鏡にうつしたとき、変るのか変らないのか、変るとすればどういう変りかたをするのか……」
 優れた科学者たちは専門書だけではなく、一般向けのエッセーを数多く残した。その読後感は著者によれば「乾いた涼しい風が吹いてくる」。物理学者の湯川秀樹、朝永振一郎、中谷宇吉郎、植物学者の牧野富太郎。4人の言葉にいざなう11のエピソードを収めた本書は、無理にジャンル名を付けるなら「読書案内漫画」だろうか。
 著者は漫画にも涼しい風を吹かせるために同じ太さが引ける製図ペンを使い、「気持ちを込めずに描くけいこ」をした。縦長のコマと吹き出しを多用し、絵とせりふからドラマと情感を排した静ひつな世界をつくり出した。
 なかでも冒頭に収録した短編「球面世界」は、母と子の日常を通して時空間のゆがみを表現した傑作である。漫画という表現形式はついにここまで来たか、と感嘆した。
 (中央公論新社 1200円+税)=片岡義博
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片岡義博のプロフィル
 かたおか・よしひろ 1962年生まれ。共同通信社文化部記者を経て2007年フリーに。共著に『明日がわかるキーワード年表』。日本の伝統文化の奥深さに驚嘆する日々。歳とったのかな。たかが本、されど本。そのあわいを楽しむレビューをめざし、いざ!
(共同通信)

ドミトリーともきんす
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