見ることによって見えなくなるもの
ビデオジャーナリストの薫は「見る」ことを得意としている。幼い頃の人の顔色をうかがわざるを得なかった境遇から、そして心理学やメンタリズムなどの専門書から得た知識から、彼女は聞くことや感じることよりも「見る」ことで周囲のありあまを理解してきた。その特性は職業とも相性が良く、カメラのファインダー越しの方が、適正な距離感と冷静な思考で世界と対峙できるのだった。
ある日、薫のアパートにかつて超能力少女ともてはやされた礼がやってくる。3年前、礼がテレビ番組で披露していた超能力に疑念を抱いた薫は、それがインチキである証拠を自らのカメラにおさめた。その映像がもととなり一転して世間から嘘つき少女とそしられた礼は、表舞台から姿を消していた。
ストーカーに付きまとわれているから助けてほしい。
まだ中学生である礼の悲痛な訴えに心動かされたというよりも、自分の映像によって人生を変えてしまったという良心の呵責から、礼をかくまうことになった薫。しかし、礼がやってきたその日から、薫のまわりで次々と不可解な事件が起こる。
薫は礼を、疑わしき人物を、そして事件の痕跡を必死で「見る」。そこにあるはずの嘘や偽装を暴こうとする。しかし同時に「見る」ことによって明らかになるのは、ほんの一部であるとわかり途方に暮れる。
「見えるということは、見ようとしなくても生きていけるということ」
双眸に映るものだけで世界を理解しようとしていた彼女の態度は、視界の外にある物事からの逃避でもあった。
薫の視点で展開されていくこのミステリー小説は、主に彼女が「見る」ことで得た情報が積み上げられ構築されていく。故に彼女が「見る」ことの限界を決定的に理解し、見えないものへと意識を広げたところから、読者は単なる傍観者ではいられなくなる。
見えるものがすべてではない。しかしそれに絶望せずに、見続けなくては本当のことはわからない。
薫の決意から、私たちは学ぶことがある。
(新潮社 1600円+税)=日野淳
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日野淳のプロフィル
ひの・あつし 1976年生まれ。出版社で15年間、小説、音楽、ファッションなどの書籍・雑誌の編集に携わり、フリーランスに。今、読む必要があると大きな声で言える本だけを紹介していきたい。
(共同通信)
![](https://ryukyushimpo.jp/tachyon/legacy/uploads/img54573a7ab9fda.jpg)
![](https://ryukyushimpo.jp/tachyon/legacy/uploads/img51da6bc267093.jpg)