『嗤(わら)う分身』 不条理小説を映画的な脚色で


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 原作はドストエフスキーの『二重人格(分身)』。小心で要領の悪い主人公が、外見は自分とそっくりだが性格は正反対の男と出会い、仕事から生活から何から何まで奪われてしまうという不条理小説だ。奇しくも昨年は『ベルトルッチの分身』が製作から45年を経て初めて日本公開されたが、本作の方がより映画的な脚色と言える。

 監督は『サブマリン』で注目されたイギリスの新鋭リチャード・アイオアディ。自身コメディアンでもあるだけに、ブラックな笑いのスパイスが効いているが、それ以上に本作を特徴づけているのは、“窓”の有無である。
 明らかにヒチコックの『裏窓』の影響がうかがえる。向かいのアパートに、ひそかに恋心を抱く同僚の女性が住んでいて、主人公は望遠鏡で毎晩その生活を覗く。この高層アパートが狭く林立する空間設計が素晴らしい。オフィスも無機質で机ごとに狭く間仕切られており、しかも一転して窓がない。その上で夜のシーンに統一された世界観が、主人公が陥る閉塞感をあおるのだ。映画史が築いてきた、室内劇をいかに映画として成立させるかというノウハウも駆使されている。
 文豪の小説から、これほど“文学的”の対極にある映画が生まれるとは! ただし、『裏窓』と違って官能性に欠けるのだけが玉にキズ。ヒチコックと比較しては、さすがにかわいそうだけど。★★★★★(外山真也)

 【データ】
監督:リチャード・アイオアディ
出演:ジェシー・アイゼンバーグ、ミア・ワシコウスカ
11月8日(土)から全国公開
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外山真也のプロフィル
 とやま・しんや 映画ライター&時々編集者。1966年愛知県出身。学生時代はヨーロッパ映画を中心に見ていたが、情報誌の仕事が長かったため、今は洋の東西を問わず、単館系からハリウッドまで幅広くが信条。主な執筆媒体:月刊TVfan、日本映画navi、ぴあ各誌。
(共同通信)

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外山真也