『教職の道に生きて』 資料性豊かな回想録


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社
『教職の道に生きて』津留健二著 ボーダーインク・2000円+税

 著者は1956年に高校教師となり、93年に県教育長を退任するまでの37年間、教育公務員として多くの人々の信頼と尊敬を集めた。教諭時代は社会科の教科指導のみならず、ホームルーム指導、生徒指導、ユネスコ活動などさまざまな分野で沖縄の高校教育をリードし、沖縄タイムス教育賞も受賞した。現在は、沖縄女子短期大学の教授である。

 私は、著者が知念高校の校長の時の職員であった。ある日曜日、校長先生の提案で停学中の生徒と一緒に学校でケーキ作りをした。家庭科の先生の指導で校長も生徒も私も一緒になって見事なクリスマスケーキを作り上げ、最後にコーヒーとケーキを食べて帰った。この間、校長はその生徒の問題行動について一言も触れなかった。しかし、私たちの心の中には共通の温かいものが残っていた。著者の教育者としての力量と人間性あふれる人柄が、今なお生徒、保護者、同僚、後輩から慕われ、愛され続けているゆえんである。
 著者は東京で生まれ、小学校3年生の時に父を亡くした。37歳の父が新聞紙に毛筆で書いた「健二負ケズ勉強セヨ 母ニ孝行ヲ尽クセ 弱キ身ニナルナ 強キ身トナル様心掛ケヨ 立派ナ人ニナレ」という言葉が「私の人生の大きな支えになった」と著者は述べている。奄美に帰郷した36歳の母の苦労は想像に難くない。しかし「母のしつけは厳しく『女手一つで育てたからあんな人間になったと他人に後ろ指を指されるようなことがあってはいけない』というのが口癖だった」という。著者の人格形成を垣間見る思いがする。
 本書の魅力は、何と言っても豊かな資料性である。学生時代からの日記、教育実践をはじめ折々の記録。加えて著者自身が受けた戦前、戦中、戦後の教育。さらに「二つの復帰」のタイムラグのはざまで奄美出身者が受けた「外国人」扱いの体験などが、正確な記録を基に記述され、戦後の奄美・沖縄・日本社会の特異性を知ることができる。同時に教育、教育者、人間を考える上で、示唆に富む素晴らしい「回想録」である。(高嶺朝勇・前南城市教育長)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 つる・けんじ 1933年東京生まれ。琉球大学卒。県立高校教諭、県教育庁勤務を経て県教育長、県人材育成財団理事長を歴任。現在、沖縄女子短期大学特任教授。