【島人の目】熱き闘士たちと共に


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 わが目で確かめたかった名護市辺野古キャンプ・シュワブの新基地予定地。念願かなって闘いの地へ。車中では島ぐるみ会議の一人から辺野古の現状報告があり、さらに参加者からのもろもろの意見も聞かれ、沖縄県政の裏話など興味津々に聞き入ってしまい、辺野古までの道中があっという間だった。

 テント村到着後、船に乗り込み実際にどのくらいの規模の新基地になるのか、北海道出身の船長からの説明で理解し、弾薬庫の場所やむき出しになった演習場も確認した。その一方で辺野古の透明度が深い海に感動した。その日は、アスベストが使われている基地内ビルの解体工事が行われることでアスベストが飛散し、地域住民に危害が及ぶ恐れがあると、沖縄防衛局にその対策に関しての説明会を開くよう求める抗議活動に変わった。ゲート前に現れた防衛局職員の「住民への説明会の予定なし」との返答。何と無責任な話であろうか。民意が無視され民主主義もへったくれもない。アスベスト問題に限らず万事にひきょうな手を使う、国の傲慢(ごうまん)なやり方に、ただただ憤慨し、やるせない思いになった。
 毎日、座り込みをしている名物おばぁの島袋文子さんから、その日もらった戦争体験の手記を読んだ。そこには「戦争は怖い。だから戦争のための基地の建設は許せない。死ぬまで闘う」と島袋おばぁの説得力あふれる文章がつづられていた。マイクを片手に平和を叫ぶ「闘士」陣は、怒りと忍耐とエネルギー消耗の日々の連続なのだと実感し、ただただ頭が下がる思いでいっぱいになった。その平和を叫ぶ声を、一番聞かせたい御仁たちに聞いてもらえないもどかしさを帰途の中で感じた。だが、闘士たちは言う。「抗議活動を続けていかないと沖縄は戦争の被害者にもなり加害者にもなり得る」と。
 共に参加した友人の一人は総決起大会の日に島ぐるみ会議のバスに乗れず、路線バスに2時間以上揺られて立ちっぱなしのまま現地に到着したとのこと。また芝居の脚本を書く友人はその脚本代を辺野古のテント村に寄付したそうだ。平和を求める心ある人たちが皆それぞれに熱き闘いをしている。辺野古の海を後世までそのままの美しい姿で残せることがわれわれの責任だと強く認識した日になった。
(鈴木多美子、米バージニア通信員)