『ふたつのしるし』宮下奈都著


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居場所とはつまり「誰か」だ
 今、呼吸をし、生活しているこの場所。家族がいて、友がいて、恋人がいて、それらを行き来しながら毎日が過ぎる。けれど、どうやら自分の居場所はここではない、と感じながらそれぞれの日常を生きる男女の、幼い日から出会いの日までを、それぞれに綴った連作集だ。

 「ハル」と呼ばれる少年・温之は、幼いころから自分の世界で生きてきた。お友だちとお手てをつないでお散歩する時にも、すうっと列から離れてしまう。アリの行列が気になりだしたら、もう止まらない。声をとがらせまくる担任教師。だんだん「自分」を出すことに臆していくハル少年。
 一方、中1の遥名は、女友達同士の「目立ってはいけない」感にどうも息が詰まりそうだ。けれど里桜という名の少女が現れて遥名に問いただす。あなたはそうやって、隠れて、埋もれて、楽しいのかと。
 自分と、この場所とのズレ。それを常にかすかに感じながら生きる2人が、ある日、それぞれの場所で、ピンク色に染まった空を見る。他の誰でもない、自分自身の発露の瞬間、空に美しすぎるピンク色が立ちのぼる。ああ、これが自分の「しるし」。2人はそう確信する。
 やがて2人は、それぞれの場所で、ちょっとずつ成長をする。一方は働くことを覚え、一方は不倫の恋にも落ちる。
 私にはさすがにピンク色の空は見えないけれど、でもこれが自分の「発露」だな、と思うことは無くもない。自分が今感じているものを、他の誰もが同意してくれなくても、それでも自分はこれを愛したい。そう思うことが。
 その思いを、誰かがキャッチしてくれた時から、次の展開はいつも始まる。
 ハルは遥名の、遥名はハルのしるしをキャッチする。ふたりはだいぶ大人になってからやっと出会い、あっという間に家族を作る。ダンナがいてヨメがいて、コドモがいるこの場所が、「しるし」を経て2人が得た居場所。そう、居場所とは「場所」のことではなく、その「形成人員」のことなのだ。幼いころや若いころ、「居場所」に苦戦した2人だからこそたどり着いた温かみ。ハッピーエンドがきらきらと光を放つ。
 (幻冬舎 1300円+税)=小川志津子
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小川志津子のプロフィル
 おがわ・しづこ 1973年神奈川県出身。フリーライター。第2次ベビーブームのピーク年に生まれ、受験という受験が過酷に行き過ぎ、社会に出たとたんにバブルがはじけ、どんな波にも乗りきれないまま40代に突入。それでも幸せ探しはやめません。
(共同通信)

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