『新編 ヤポネシア私行』 自分史と紀行文が共鳴


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社
『新編 ヤポネシア私行』関根賢司著 おうふう・3000円+税

新編 ヤポネシア私行

 本書は、著者の紀行文集成と呼べる作品であるが、旧「ヤポネシア私行」(1991年)から面目を一新し、完成度の高い書物に生まれ変わった。
 旧著では、人物交友雑録の域を出ない掌編がぜい肉のように点在し、文学的高揚感を殺(そ)ぐ難点が見られたのに対し、新編はそれらの駄編を捨て去り、批評性も内包した、審美眼にたえる54編のエッセーで貫かれている。

 旧著収録時の各編の質を高めるべく、推敲(すいこう)加筆も大幅に施された。例えば「沖縄文学全集第12巻 紀行」(国書刊行会 92年)にも採録された「詩仙堂のすすき」「与那国―クブラバリ考」「奄美にて」「雪片片」や、著者最初のエッセー集の表題になった「赤と青のフォークロア」などは、長く著者の自信作であったはずだが、今回これら優編にもあえて大胆に手を入れて、さらなる艶と訴求力の獲得に腐心した跡がうかがえる。
 自らの人生が定住なき漂泊さすらいの連続で、まさしく旅そのものとなぞらえる著者が意図したのは、自分史とその時々の紀行文が共鳴し合う、新たな編集方法である。沖縄在住時に出版した旧著以降、関西、静岡、埼玉と生活の場を3度変えたことは、旅人関根賢司の文学表現にとって、むしろプラスに作用した。こうして「ヤポネシア私行」は、74歳の著者自身の手によって、果敢に意欲的に「定本」化を遂げたのである。
 近代日本語表現130年の深遠なる森に自発的に迷い込み、さまよい続けた著者が身に付けたのは、文語ならではの重厚・華麗な語彙(ごい)をちりばめつつ、ひねりの利いた文節を重層的に畳み掛ける艶やかな文体だ。そのために字数の少ないコラムなどでは真価を発揮しづらく、言葉を惜しんで「間(ま)」に語らせる書き手ではない分、人によっては冗舌・きざに映るきらいもあろう。
 だが私にとって関根賢司の修辞法は、文章を書く時に信用の置ける便覧・宝石箱として、常に身近にあり続けた。本書は数多い関根の著作の中でも、特に愛着の深い私の古典となることを疑わない。
 (天久斉・BOOKSじのん店長)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 せきね・けんじ 1940年~75年まで埼玉に住み、75年~93年までは沖縄の琉球大学法文学部で教壇に立った。93年~2000年までは関西、2000年~06年まで静岡に住んだ。06年から埼玉在住。「異郷・沖縄・物語」「おきなわ評論」など著書多数。