『ジャパン・ディグニティ』高森美由紀著


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尊厳はどこからやってくるのか?
 先日、10年ぶりにアメリカ本土のとある都市を訪れ、ドルの強さとともにかの地の若者の文化レベルの高さを実感。一例を挙げるのならば、コーヒーショップのオシャレ具合とホスピタリティーがすごい! 店員たちがみな働き者で親切で、かっこいい。楽しそうだし、もうかっていそうなのだ。

 敗北感にまみれて帰国し、手に取ったのが本書、『ジャパン・ディグニティ』。「ディグニティ」とは、威厳とか尊厳という意味である。そういうものがあると信じたい気分だったのだ。
 主人公は津軽の漆職人のひとり娘。幼いころから小さな工房で漆塗りに向かう父の背中を見て育ち、二十歳を越えた今は近所のスーパーでアルバイトをしながら漆塗りを手伝っている。昔ながらのやり方を頑なに守り続ける父は時代の流れから取り残され、注文は激減。一家は生活にも汲々とするありさまで、長く耐え忍んでいた母親もついに家を飛び出してしまった。娘は娘で、日々バイト先でトラブルを招いてしまう不器用者だし、漆職人として独り立ちする覚悟も持てないでいる。
 津軽の地で、また一つ伝統の灯火が消えてしまうのか?
 結論を言ってしまうと、これがわざわざ小説として描かれているのだから当たり前と言えばそうだが、親子は偶然と努力によって活路を見いだし、物語は幸福と可能性を提示して閉じる。そのあたりの話の運び方は実直すぎるくらいの王道エンターテインメントなので、安心してお楽しみあれ。
 また第1回「暮らしの小説大賞」受賞作というだけあって、津軽の風土の中で、人が働き、食べ、眠るさまがなんとも土臭く描写されているのも読者にとって読みどころとなる。
 しかし私がもっとも鮮やかな形で気づかされたのは、ディグニティの出どころである。主人公は物語の最後でディグニティを実感するのであるが、それは自らが手がける津軽塗が“売れて”きたことと時を同じくする。
 身も蓋もない話かもしれないが、多くの人にとって、もうからないうちは、ディグニティを持つのは難しいのだ。
 (産業編集センター 1300円+税)=日野淳
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日野淳のプロフィル
 ひの・あつし 1976年生まれ。出版社で15年間、小説、音楽、ファッションなどの書籍・雑誌の編集に携わり、フリーランスに。今、読む必要があると大きな声で言える本だけを紹介していきたい。
(共同通信)

ジャパン・ディグニティ
髙森 美由紀
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