『アルタッドに捧ぐ』金子薫著


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若者が書く最も大切なこと
 第51回文芸賞受賞作である。昔から文芸賞へは特別な期待を寄せてしまうところがある。「今」をまだ誰も知らない方法で小説へと変換し、「これから」に何らか有益な示唆を与えてくれる、新しい書き手の登場。この勝手かつ過剰な期待は度々裏切られてはきたものの、いまだ確かに私の中にある。

 今年の受賞者である金子薫さんは慶応大学の大学院在籍中の年若い書き手である。若い小説家ブームもどこへやらという感はあるが、若いは新しいと同義と信じているので、やはり期待は高まる。帯の大きな顔写真、なかなかりりしい面構えではないか。
 タイトルにもある「アルタッド」は主人公・本間が飼っているトカゲの名前。ペットショップで購入したのではなく、本間が途中まで書いた小説に登場していたキャラクターだ。飼い主の少年が、作者である本間の意図に反して突然死んでしまったことで、アルタッドが遺された。本間は少年を失ったことで小説の執筆を断念するが、そこからアルタッドとの共同生活が始まるのである。
 私の書き方のせいで「なんじゃそりゃ?」となられる方がいたら申し訳ない。確かに筋立てだけでいえば「なんじゃそりゃ?」なのかもしれないが、結論から言うと、文芸賞に対する私の期待は、今年、かなえられたことになる。
 物語の最後、本間はアルタッドを通して、小説を書くことの意味を発見する。小説を書くことでしか世界とコミュニケートする気がない本間にとっては、生きることの意味を見いだしたも同じだ。その意味というものが一体なんなのかはここでは書けないし、書いてもしょうがないのだけれど、「いま」の私が「これから」を生きていく上でとてもフィットしそうなものだった。
 ダサイと思われるのでめったに口にすることはないが、つまるところ小説にとって、生きる意味に触れる以上に重要なことがあるだろうかと思っていたりする。
 そしておそらく思いを同じくするであろう若い書き手の出現は単純にうれしい。
 応援したい小説家が一人増えた。
 (河出書房新社 1000円+税)=日野淳
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日野淳のプロフィル
 ひの・あつし 1976年生まれ。出版社で15年間、小説、音楽、ファッションなどの書籍・雑誌の編集に携わり、フリーランスに。今、読む必要があると大きな声で言える本だけを紹介していきたい。
(共同通信)

アルタッドに捧ぐ
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