『イロイロ ぬくもりの記憶』


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個人的な話を普遍的な物語へ
 待望の日本公開だ。シンガポールのアンソニー・チェン監督は、東京フィルメックスの映画人材育成プロジェクト「ネクスト・マスターズ2010」(現「タレント・キャンパス・トーキョー」)の1期生。その時に本作で最優秀企画賞を受賞し、その後、カンヌ国際映画祭新人監督賞を受賞するなど世界中の映画祭で話題になった。ついに凱旋と言えるワケだが、新人らしからぬ社会を冷静に見つめる目線と、小手先の技術に頼らず役者の芝居で感情を伝える腰の据わった演出は、もはや大御所の風格だ。

 時はアジア通貨危機が襲った1997年。シンガポールの中流家庭にも及んだ経済危機の影響を、フィリピン人メードの目を通して描いていく。共働きの両親の下、一人っ子でワガママに育った少年と、故郷に子どもを残したまま出稼ぎにきたメードが次第に心を通わせていくのだが、経済問題が無情にも彼らの関係をも引き裂いていく。大人の事情が常に子どもや弱き者に影響を及ぼすことを、痛切に物語る。
 本作は、監督の実体験に基づくという。バブル崩壊やリーマン・ショック時にも、きっと同様の痛みを体験した人が多数いるはず。だからこそ世界中で本作が支持されたのだろう。個人的な話をいかに普遍的な物語へと昇華させるか。日本の映画人も、大いに刺激を受けるに違いない。★★★★★(中山治美)

 【データ】
監督・脚本:アンソニー・チェン
撮影:ブノワ・ソレール
出演:コー・ジャールー、アンジェリ・バヤニ、ヤオ・ヤンヤン、チェン・ティエンウェン
12月13日(土)から東京のK’s cinema全国順次公開
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中山治美のプロフィル
 なかやま・はるみ 映画ジャーナリスト。1969年水戸出身。スポーツ紙出身の血が騒ぎ、撮影現場やカンヌ、ベネチアなど映画祭取材に燃える。三池崇史、深作欣二、キム・キドク、アキ・カウリスマキなどひとクセのあるオヤジたちが大好き。
(共同通信)

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中山治美