『ナオミとカナコ』奥田英朗著


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夕焼けの向こうに安息はあるのか

 超小心者のくせに、うっかりサスペンス小説を選んでしまった。しまった、とは一瞬思ったけれど、それでも読み進めることを止められなかった。

 主人公は、学生時代からの親友同士だ。デパートの外商部門で、金を湯水のように使う顧客を相手にしながら日々を送る主人公・直美。彼女はある日、古くからの親友である加奈子が夫から暴力を受けていたことを知る。それも、とても頻繁に。けれどどこかに訴え出れば、むしろ彼を激高させるかもしれない。そうなったら、こちらが殺されかねない。2人が選んだ選択肢は「夫を殺すこと」だった。
 物語は、直美の視点で計画から犯行までが描かれる「ナオミの章」と、そこから先の画策を加奈子の視点から描いた「カナコの章」から成る。読んでいて何ゆえこんなに胃がぎゅううっとなってしまったのかを考えると、犯行に至るまでの直美の日常風景が、なんというか、「読ませる」ものだったからではないだろうか。
 ブランドもののアクセサリーや美術品を、ばかすか買っていくお客たち。直美はすでに、カネモチのあしらい方を心得ている。これまで積み重ねてきた日常の産物だ。やがて展示会が開かれて、中国人の顧客が、高級腕時計のひとつを持ち去ってしまう。犯人とおぼしき女性に、返却か買い取りを迫る直美とその上司。まるで悪びれないその客。交わされる駆け引き。そして徐々に、その女性のたくましくもあっけらかんとした人物像が浮かびあがってくる。いつの間にか、すっかり、仲良くなってしまう直美。
 当初の直美にとっては、それらのことどもが人生における大命題だった。けれどそれらが、ある時点で急に遠のいていく。「人を殺す」ことを決意した瞬間にだ。ではあるものの、ある高揚感が2人を常に包んでいる。偶然出会った人物により、その計画が運命的な進展を見せたり、死体を埋めるシミュレーションに向かったドライブで、美しい夕焼けを目にしたり。2人は、何かに「導かれている」と、なぜか思う。
 あらゆるクライマックスが集結している「カナコの章」について、ネタばれを避けながら語るとするなら、一度奮った勇気は、どんな追手が迫りこようと、二度と手放してはいけないということだ。2人が踏み出した一歩の先にある世界は、彼女たちに優しいのか、あるいは、やがて牙をむくのか。彼女たちは、いずれにせよ生きるしかないのだ。
 (幻冬舎 1700円+税)=小川志津子
(共同通信)
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小川志津子のプロフィル
 おがわ・しづこ 1973年神奈川県出身。フリーライター。第2次ベビーブームのピーク年に生まれ、受験という受験が過酷に行き過ぎ、社会に出たとたんにバブルがはじけ、どんな波にも乗りきれないまま40代に突入。それでも幸せ探しはやめません。

ナオミとカナコ
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小川志津子