『茶室がほしい。』永江朗著


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次々に覆される先入観

 年をとって日本の伝統文化の良さに目が向くようになった。だから著者の「茶室がほしい」というつぶやきも何となくわかる。和食や和紙がユネスコの無形文化遺産に登録されるくらいだから、そう時代錯誤でもないだろう。

 茶道入門の好著には森下典子著『日日是好日』(新潮文庫)がある。門外漢が茶の湯の世界に足を踏み入れて、次第にハマってゆくプロセスを軽妙につづった点は共通しているが、感触の差は男女の違いによるところが大きいように思う。つまり本書の面白みは、知識と理屈が先行しがちな男性が、実体験を重ねるなかで当初茶道に抱いていた先入観を次々と覆され、さまざまな発見に至るところにある。
 息苦しいと思っていた決まりごとにもそれぞれ合理的な理由があった。たとえばお客の前で茶せんをお湯で洗う作法は、茶碗を温めるとともに茶器が清潔であることをお客に示す。茶の湯が戦国時代にはやったことを思えば、お茶に毒を盛っていないことを伝える意味もあったのではないか、と著者は想像をめぐらせる。
 あるいはお茶の回し飲みや、茶碗を鑑賞した客がその由緒を亭主に尋ねるというお点前からは、茶道が「関係性のアート」であることに思い至る。
 次々に湧き上がる疑問に自分なりの答えを出しながら、著者は茶道具から着物、掛け軸の世界へとのめり込み、果ては自宅の一室を茶室につくり替えることになる。
 年をとって得た価値観や生活様式の変化。それは老いではなく成熟と呼びたい。
 (六耀社 1800円+税)=片岡義博
(共同通信)
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片岡義博のプロフィル
 かたおか・よしひろ 1962年生まれ。共同通信社文化部記者を経て2007年フリーに。共著に『明日がわかるキーワード年表』。日本の伝統文化の奥深さに驚嘆する日々。歳とったのかな。たかが本、されど本。そのあわいを楽しむレビューをめざし、いざ!

茶室がほしい。 (茶室から入る茶の湯の愉しみ)
永江朗
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『茶室がほしい。』永江朗著
片岡義博