『毛の力 ロシア・ファーロードをゆく』山口ミルコ著


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クロテンを通して考える調和
 会社を辞めた途端にがんを発症。抗がん剤治療によって不自由な生活を余儀なくされた著者。たくさん作ってたくさん売ろうという世界から足を洗い、自分サイズにあった暮らしとは何かを考え実践していく様子は、前作『毛のない生活』に詳しいが、2作目となる本書では、そのさらに先にある「自然との調和」について語られている。

 著者の「ミルコ」という名前は、ロシア語で「世界・平和」を表す言葉「ミール」に由来する。父親が商社に勤め、ロシアから材木を買い付ける仕事をしていたこともあり、彼女の生い立ちは彼の国ととても関係が深い。自身のルーツをたどること、そして新しい時代の人間にフィットする生き方を模索しているうちに、著者はロシアを中心に生息するクロテンという動物に出会う。
 世界中で毛皮製品の素材として高値取引されていたクロテン。ロシア帝国の歴史はクロテン狩猟と密接な関わりがあるそうだ。
 昔ほど毛皮が求められていない現在も、クロテン狩猟を生業とする村があることを知った著者は、その地を訪れ、動物と人間と自然が調和していた時代に思いをはせる。
 がんを発症してから肉食を絶っている著者だが、そこにあるのは輸入されたビーガン思想ではなく、仏教的な殺生の嫌忌でもない。自分の身体が動物を求めていないことを知ったのだ。
 今の自分が必要としているものを、必要な量だけ摂取すること。そのためには時に立ち止まって、自分自身に語りかけること。
 身の丈サイズで生きて行くという考え方は、人類発展の歴史に逆行するように語られることもあるが、本書を読むとそれは大変な誤解だと気づかされる。
 本来の人としてそこに在ること。それは人間がより大きなものと響き合い、よりしなやかなものになるためのステップであるかのようだ。
 (小学館 1300円+税)=日野淳
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日野淳のプロフィル
 ひの・あつし 1976年生まれ。出版社で15年間、小説、音楽、ファッションなどの書籍・雑誌の編集に携わり、フリーランスに。今、読む必要があると大きな声で言える本だけを紹介していきたい。
(共同通信)

毛の力: ロシア・ファーロードをゆく
山口 ミルコ
小学館
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