『パリ行ったことないの』山内マリコ著


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ここにいるけどいない女たちの物語
 基本的に「おしゃれ」とか「最先端」とかいったものたちで編まれた雑誌『フィガロジャポン』。本書は、その誌上で連載されていた短編小説を集めたものである。「おしゃれ」志向の誌面上にありながら、描かれる主人公たちは一度だって、パリに行ったことがないのである。パリに行ったことがない人たちの日常と、少しのひび割れ。そういったものたちが実に正直に、連ねられた秀作だ。

 主人公たちは一様に、どうも居心地が悪い日常を生きている。パリに行きたいことは行きたいのだけれど、猫を飼っているから行けない(と自分に言い聞かせる)女子。意気揚々と老後を生きる親友に押し切られるみたいにして、パリに行ってみようかなあと心を揺らす夫を亡くした女性。クラスメートたちのようにおしゃれしたり清潔を心がけたり一切せずに、ただ、絵を描くことに熱中するばかりの女子高生。どうやら自分は居るべき場所にいないようだ、と戸惑う女性像が並べられている。
 ただしここで肝要なのは、彼女たちにとって「パリ」は必ずしも崇拝の対象ではないということだ。実直に自分の人生を生きていて、そこにふと「パリ」という思ってもみなかった選択肢が現れる。え、うそ、その手があったの? ただそれだけで、鬱屈していた日常がちょっと軽くなる。
 印象深いのは最後に収められた『わたしはエトランゼ』である。本書のために書き下ろされたその物語の舞台は、パリど真ん中。パリ在住の主人公は、街中がバカンスを取る8月のフランスで、あえてそれを逆手にとったツアーを企画する日本人の女子だ。そのツアーに、これまで登場した女性たちが集う。
 別々の場所で、別々の人生を生きていた人たちが、出会い、テーブルを共にする。たぶんもう二度とは訪れない、幸福な空気が場を満たす。けれど彼女たちは知るのである。「パリ行ったことない」人生から、自分たちは一歩外に出た。「外」というものが、この世界には、あるのだということを。
 ツアー客を送り出してから、その主人公は小さな奇跡に出くわす。それに触れて読み手は思う。人生何とかやってくしかない、という点においては世界中どこへ行っても同じなのだと。旅好きもそうでない人も、自分の根っこにある何かを思い返させられる一冊である。
 (CCCメディアハウス 1600円+税)=小川志津子
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小川志津子のプロフィル
 おがわ・しづこ 1973年神奈川県出身。フリーライター。第2次ベビーブームのピーク年に生まれ、受験という受験が過酷に行き過ぎ、社会に出たとたんにバブルがはじけ、どんな波にも乗りきれないまま40代に突入。それでも幸せ探しはやめません。
(共同通信)

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