心が躍る『劇場版ムーミン』の独創的色彩


社会
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『劇場版ムーミン 南の海で楽しいバカンス』の一場面(ファントム・フィルム配給)(C)2014 Handle Productions Oy & Pictak Cie(C)Moomin Characters

憧れのフィンランドではヤンソンの冷たい色合いも
 『劇場版ムーミン 南の海で楽しいバカンス』(2月13日公開)は、ムーミンの原作者トーベ・ヤンソンの漫画を初めて本国フィンランドで映画化した長編アニメという。おなじみムーミンとガールフレンドのフローレン、ムーミンパパ、ムーミンママたちが、ムーミン谷を離れ、地中海沿岸の高級リゾート地・リビエラでバカンスを過ごす物語だ。

 黄色い空と海、カラフルな建物…。日本のアニメではなかなか見ない独創的な色彩に、心が躍る。この色合いは、本作がフランスとの合作という要素も大きいのかもしれない。過去にテレビで放送されたアニメシリーズやパペットアニメとは、かなり違った味わいがある。
 全編手書きで描かれたという伸びやかな線一本一本にもうっとり。そして、一見ほんわかとした世界の中に、現代の資本主義社会をチクリと風刺するスパイシーさも。子どもはもちろん、大人もじっくり楽しめるオススメの映画だ。
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 昨年の夏、ムーミンの故郷、フィンランドを初めて訪れたことを思い出す。首都ヘルシンキの街を舞台にした映画『かもめ食堂』(2006年)を映画館で見て以来、フィンランド製の食器やインテリアを集めたり、『地球の歩き方 北欧』を数年おきに最新版に買い換え、覚えてしまうほど読み込んだり…。ずっと憧れを抱いていた国だった。
 「ドゥ ユー ライク ムウミ?」。このフレーズを何度尋ねられたことだろう(現地では「ムーミン」ではなく、「ムウミ」と言うらしい)。最初は「日本人にはコレを言っとけばいいや」的なノリかと思ったが、どうやらそんな雰囲気でもない。「好き」と答えると、「ナーンタリのムーミンランドの行き方は知っている?」「いま原画が見られるのは、駅前のアテネウム美術館ですよ」などと、みなさんとても親切に、優しく教えてくれた。
 日本にアトムやドラえもんがいるように、きっとフィンランドでの「ムウミ」は無条件に親しみを感じる存在であって“誇り”に近いものがあるのだろう。そう推測すると、何だかこの国の人々に親近感が湧いてきた。また、フィンランド人監督アキ・カウリスマキの映画から思い込んでいた「フィンランドの人は無口で笑わない」という失礼な先入観も見事に覆された。
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 2014年はトーベ・ヤンソン生誕100周年という記念すべき年だった。ヘルシンキのアテネウム美術館で開かれていた回顧展では、彼女は多種多様な作品を残した、エネルギーあふれる芸術家だったことを知った。
 ムーミンの原型のようなキャラクターは1930年代には描かれ、戦争中の45年に1作目の童話を出版。初期のムーミンには戦争という暗く悲しい現実の影が色濃く落とされていると、解説には書かれていた。さらに油彩のシュールな抽象画や鮮烈な自画像、そして反戦を訴える風刺画などを見ていると、かつてムーミンの原作本を読んだときに感じた寂しさや恐ろしさにも、妙に納得がいった。
 そして、ここでも目を奪われたのは色彩だった。リゾート地を描いた『劇場版ムーミン―』の色合いとも違う、自分の頭では到底考えつくことはないような、冷たいのに激しさを秘めた色使い。そういえば、バスで隣り合わせたおじさんには「本当のフィンランドを見たいなら、冬に来なくちゃダメ。全然『色』が違うんだから」と諭された。そのときは「だいたい想像つくけど…」くらいにしか感じなかったが、今思えば、とても大事なアドバイスだったのかもしれない。
 トーベ・ヤンソンの色彩を生んだ冬の風景も、いつか見に行こう―。スクリーンの中で暖かなリビエラを走り回るムーミンたちを見たあと、心はなぜか冬のフィンランドを思い描いていた。(小川恵・共同通信記者)
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小川恵のプロフィル
 おがわ・けい 関西、九州の支社局をへて文化部へ。現在は演劇と歌舞伎、落語などの古典芸能を担当。映画『かもめ食堂』の魅力にとりつかれて以降、「北欧」や「シナモンロール」といったキーワードに異常なほど敏感です。
(共同通信)