『書き出し小説』天久聖一編


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アリー・マントワネット

衝撃、始まりそうな予感だけ

 正月に帰省すると、父はルーズリーフの1行目にまた「はじめに」と書いていた。父は大学時代に提出し教授に紛失されたという卒論を、今も書き続けている。今年65歳になる父は、渾身の「はじめに」を40年間更新している。

 『書き出し小説』はそのタイトル通り、小説の書き出し部分だけを掲載した書籍である。『坊っちゃん』しかり『雪国』しかり、名作と呼ばれる小説は時に書き出し部分だけが一人歩きするほどに、冒頭で読み手の心を鷲づかみにする。そんな秀逸な書き出しならば、それだけで作品になりうるのではないか。本書に掲載されている作品はそのような考えで募集し投稿された中から、天久聖一が選んだ「書き出し」である。
 またそんな出オチみたいなこと考えて……と思っていたが、投稿された「書き出し」はどれもこれも面白い。本書は自由部門のほかに「桜」「猫」「忍者」「無職」「ボーイズラブ」といったお題による「規定部門」とに分かれている。
 「その村では卑猥な形の野菜しか実らないという。(TOKUNAGA)」
 「庭先の猫が春を咥えてやってきた。(夏猫)」
 「モンスターペアレントは森の人気者だ。(TOKUNAGA)」
 「ハトが乗り、次で降りた。(哲ロマ)」
 「初めての結婚記念日を旧姓で迎えた。(おかめちゃん)」
 「がらんとしていたので、ぼろんと出した。(もんぜん)」
 ああ、笑った……。さんざん笑いはするのだけど、これは大喜利ではなく、小説の書き出しとあって、この話これからどうなっちゃうの?と想像力を刺激されるものばかりだ。そしてどの作品も感動は、しない。しかしそれも束ねれば壮大な作品群……でもない。何かが始まりそうな予感はするけど予感だけ、そのアンバランスさが妙におかしい。
 書き出しのみに集中すればいいのだから、途中で挫折することもない。これは画期的な発明ではなかろうか。来年の正月、父に紹介してみようか。「はじめに」の字がえらい達筆になっているかもしれないが。
 (新潮社 1100円+税)=アリー・マントワネット
(共同通信)
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アリー・マントワネットのプロフィル
 アリー・マントワネット ライターとして細々と稼働中。ファッション、アイドル、恋愛観など、女性にまつわる話題に興味あり。尊敬する人物は清水ミチコ。趣味はダイエット、特技はリバウンド。

書き出し小説
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