『心臓異色』中島たい子著


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人と人は連なるもの

 「もの」にまつわる短編集だ。そしてその多くが、遠い未来の物語だ。私たちが日常的に接しているものたちが、進化したり、退化したりして、消えうせたさらにその先の物語。

 2足歩行ロボット。スマートフォン。スポーツをみんなで楽しむスタジアム。レコード。やかん。たわし。物語の登場人物たちは、それらがなぜこの世にあったのかすら理解できない。「何これ?」「何に使うの?」家電にかぎらず、「もの」たちは、その用途を簡便化してくれる何かが登場すれば葬り去られる。ここでは、それらは昔を懐かしむための遺物ですらない。
 「もの」が「失われる」ということ。時の流れで容赦なく押し流されるということ。押し流された、その先で生きている登場人物たちの世界を、絵空事と呼ぶことが私たちにはできない。だってほら、現にいくつもの「喪失」を私たちは見ている。ポケットベル。テレホンカード。ベータのビデオ。ボンナイフ。ここに描かれている世界は、まぎれもなく、今ここと地続きだ。
 とはいえ印象深いのは、(おそらく)現代と近い時世を描いている『家を盗んだ男』である。主人公は、開けられない鍵はないし、盗めないものはない名泥棒。職業柄、何ものにも執着しない人生を選んできた彼が、ひとりの女性を愛してしまう。彼女と共に生きるため、帰るべき「家」を持つ。それらの「失いたくないもの」を得て、奪われたくないと強く願う。やがて奪われたくない女性の人生を奪ってしまう自分に絶望し、唐突に、本当に唐突に、彼女に別れを切り出すのだ。幸せの絶頂で。
 人は、ものを、得るから、失う。失いたくないなら、得なければいい。そう割り切って生きてきた男が、みるみる自分軸を失っていく様が生々しい。淡々とした言葉で、物語はぐんぐんと進み、あっけなく終わりを迎えるわけだが、その後の余韻というか残り香というか、ああこれが人生だなと思う。愛する人を、得て、失って、だからこそ選びとることができる選択肢。ほろ苦い大人の味付けだ。
 彼は最後に収められた短編にもほんの少しだけ影響を与える。遠い未来、やかんもたわしも滅び去って、タイムトラベルとかができてしまう時代に。ああここにつながっていたのか、と読み手は思う。人と人がつながり、連なる瞬間にこそ、こういった短編集の醍醐味はあるのだと思う。
 (光文社 1600円+税)=小川志津子
(共同通信)
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小川志津子のプロフィル
 おがわ・しづこ 1973年神奈川県出身。フリーライター。第2次ベビーブームのピーク年に生まれ、受験という受験が過酷に行き過ぎ、社会に出たとたんにバブルがはじけ、どんな波にも乗りきれないまま40代に突入。それでも幸せ探しはやめません。

心臓異色
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小川志津子