『ラスト・ワン』金子達仁著


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義足アスリートの苛烈な生きざま
 スポーツノンフィクションの分野で第一線を走る著者による最新作だ。
 ノンフィクションであるからには、そこにはフィクションがないという前提に立つわけだが、人間を題材にする以上、そしてその人間に迫れば迫るほど、虚も実も、実に頼りないものであるという事実に直面せざるを得ない。書き手も、取材対象者も人間である。すべて「本当」で構成されているわけではないのだから。

 ソフトテニスの選手として国体を目指していた中西麻耶は、アルバイト中の事故で右足切断を余儀なくされる。テニスを諦めなくてはならなくなった彼女は、最新の義足を着け、走り幅跳びの選手としてパラリンピックを目指すことに。
 単身で渡米しトレーニングを積む彼女の前に、資金難という大きな壁が立ちはだかる。打開策として自身が企画したのが、セミヌードカレンダーの発売! 大きな話題を呼んで目的は達せられるものの、一部からは「障害を売りものにしている」と激しいバッシングを集めてしまうのだった。
 自分を責めることを繰り返した中西はやがて鬱病を患う。そんな精神状態ではもちろん満足に跳ぶこともままならない……。
 本書は、それでも周囲と、自分と闘い続けることを止めなかった彼女が、日本記録樹立という偉業にたどりつくまでの記録だ。
 著者の軟らかく伸び縮みするような文体が、中西という女性を全方位から包むように描写する。私としては、アスリートの苛烈な精神の旅に最後まで伴走した著者にも惜しみない拍手を、という気分だった。
 しかし―。ノンフィクションは、中西が隠し持っていたたった1つのフィクションにより、最後の1ページでこれまでと全く違った様相を呈する。
 人が人のことを書くことの限界と、だからこその面白さをそのまま閉じ込めたような一冊。
 (日本実業出版社 1500円+税)=日野淳
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日野淳のプロフィル
 ひの・あつし 1976年生まれ。出版社で15年間、小説、音楽、ファッションなどの書籍・雑誌の編集に携わり、フリーランスに。今、読む必要があると大きな声で言える本だけを紹介していきたい。
(共同通信)

ラスト・ワン
ラスト・ワン

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金子 達仁
日本実業出版社
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