『環りの海』 尖閣と竹島の歴史概観


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『環りの海』琉球新報社、山陰中央新報著 岩波書店・1800円+税

 本書は2013年に新聞協会賞を取った沖縄と島根の県紙のコラボ連載をまとめたものである。地元漁業者の声、中国・台湾、韓国の各市民の声を丹念に掘り起こし、尖閣と竹島のそれぞれの歴史を概観する。その解決策を東南アジアや欧州の事例に求めた後、地元に戻り、その生活者たちの目線で、領土や海をめぐる衝突を回避するすべを探す。

 本書の白眉は、漁業者と地元の「本音」をあぶりだした1章と2章だろう。地元の本音は、竹島・尖閣といった領土紛争そのものに必ずしもない。むしろ、とりまく海が問題だ。
 浜田沖まで伸びる日韓暫定水域ギリギリまで押し寄せる韓国人に島根の漁業者は不満を持つ。たとえ竹島が韓国領になっても、この暫定水域がなくなれば自分らの生活圏は大きく広がる。逆に対岸・韓国の漁業者は(領土紛争に)触れたがらない。竹島を韓国領と日本が認めた瞬間に、彼らは漁場の糧を失いかねないからだ。「国賊」と言われないために語られない、漁業者の心情が浮き彫りになる。
 尖閣の領有権問題が日中で過熱したため近辺で漁がやりづらくなったのは事実だろう。だが漁業者の多くは燃料の高騰と手間暇により割に合わないと、以前から漁場には足を向けなくなっていた。彼らは近場で糊口(ここう)をしのぎ、漁業の衰退こそが日本の島と海域を「喪失」させている。そして国は隣国との取引でいつも頭越しに彼らの生活圏を無視して線を引く。2013年4月に唐突に締結された日台漁業取り決めもまた中国をけん制する日本の政治のたまものだ。
 地元や生活者目線で国境を考える。これは欧米で生まれ、いま世界に広がりつつあるボーダースタディーズ(境界研究)の基本的な立場だ。新聞協会賞を同時受賞した「日ロ現場史」(本田良一)も、北方領土問題があるがゆえに決められない国境の海に翻弄(ほんろう)され続ける地元を描いていた。
 本書の出版の価値は、その県民しか読めない国境物語を、大きな「環(わ)」でつなぎ、中央での出版にこぎつけたことにもある。ボーダージャーナリズムの誕生を祝いたい。社風と利益の違う2社が、がちんこで同じ記事をつくる。これもまたその名にふさわしい。本書の前では、「国の主権」「国益」の声高い主張がうつろに響く。(岩下明裕・北海道大学教授)
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 りゅうきゅうしんぽう 取材班は、普久原均、新垣和也、島袋貞治、外間愛也の各氏。さんいんちゅうおうしんぽう 取材班は松村健次、森田一平、万代剛、田中輝美、鎌田剛の各氏。

環りの海――竹島と尖閣 国境地域からの問い
琉球新報 山陰中央新報
岩波書店
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