『山本川恒翁の語り』 豊かなもてなしの民話


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社
『山本川恒翁の語り』NPO法人沖縄伝承話資料センター編 NPO法人沖縄伝承話資料センター・1600円+税

 「むかしむかし」の発句が、これから始まる民話の世界へ私たちをいざなう合図となる。本書を読み進めるうちに、期待感に胸を躍らせながら昔話を聞いていた幼少の頃の記憶を思い出した。

 名護市宇茂佐出身の山本川恒さん(1909~2008)は沖縄を代表する民話の語り手である。2003年には「山本川恒の民話」として名護市無形文化財(口承文芸)指定を受けた。
 川恒さんの語る民話は、首里へ御殿勤めをしていた母方の祖父から伝え聞いた民話が主である。聞き手の世代によって方言と共通語を使い分け、登場人物の会話や擬態語と擬声語を表現豊かに駆使することで聞き手を物語へ引き込む語りを、沖縄国際大学名誉教授の故遠藤庄治氏は「聞き手を楽しませるもてなしの民話」と評している。同大学口承文芸研究会の調査によると、川恒さんが語り継いできた民話の数は130余話に及ぶという。川恒さんの地元名護市では、民話紙芝居や読み聞かせを通じて、今もその民話が語り継がれている。
 本書の初版は「山本川恒翁 昔ばなし トーカチ記念」として親族によって出版されたもので、1996年に行われた川恒さんのトーカチ(米寿)祝いの引出物として配布されたが、すぐに無くなり長く再版が待たれていた。本書は待望の復刻版である。NPO法人沖縄伝承話資料センターが改訂・復刻を手掛けた。
 本書には山本川恒さんが語った民話100話が収録されており、その内訳は本格昔話が39話、動物昔話が7話、笑い話が30話、伝説が24話とバラエティーに富んでいる。中には、沖縄県内や日本国内でも川恒さんだけが伝えていると思われる話も収録されている。
 本文は方言交じりの表記で書かれており、川恒さんの語りを思い浮かべながら話を楽しむことができる。さらに一つ一つの話に遠藤氏による解説が付されており、民話が生まれた歴史・文化的背景や他地域での伝承状況を知ることで、民話の世界の奥深さに触れられる。読み聞かせの本としてだけでなく、民話研究の基本資料にもなるだろう。 (大嶺真人・名護市教育委員会文化課市史編さん係嘱託員)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 やまもと・せんこう 沖縄を代表する昔話の語り手。名護市に住み、2008年11月に99歳で死去。