『皆殺しのバラッド』 暴力で世界を制するイヤな空気が…


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』

 観賞中の、心のやり場をどこへ持って行ったらいいのかの戸惑いは、インドネシアの大量殺戮の加害者に迫ったドキュメンタリー映画『アクト・オブ・キリング』以来だ。それぞれの正義の価値観の違いに、頭がクラックラッ…。

 イスラエル出身の写真家である監督が、メキシコの麻薬戦争に斬り込んだ本作。米国とフェンス一つで隣り合っているシウダー・フアレスという街では、年間3000件以上の殺人事件があるという。売人のみならず市民も巻き込まれて、悲痛な叫びをあげる被害者遺族たち。その事件現場に向かう警察官も同僚が次々に標的となり、自身も報復を恐れてマスクで顔を隠しながら事件現場に向かう。
 一方で、麻薬カルテルのボスたちに依頼されて作ったラップソングでバンド「ブカナス・デ・クリアカン」は大人気。麻薬王たちを英雄視した彼らの曲はメキシコ国内では放送禁止だそうだが、すでに米国のヒットチャートに載っているとか。彼らのライブ会場に来る若者は「暴力きらーい」と言いつつ、♪俺達は血に飢えているんだ~なんて歌にノリノリだ。まさにカオス。
 ただ本作から、なんとなく今の「イスラム国」の拡大と同じ構造が見えてくる。方や音楽、方や動画で若者を洗脳するしたたかさ。暴力で世界を制するイヤな空気が世界中に蔓延していることに空恐ろしさを感じる。★★★★☆(中山治美)

 【データ】
監督・撮影:シャウル・シュワルツ
音楽:ジェレミー・ターナー
出演:ブカナス・デ・クリアカン
4月11日(土)から全国順次公開
(共同通信)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
中山治美のプロフィル
 なかやま・はるみ 映画ジャーナリスト。1969年水戸出身。スポーツ紙出身の血が騒ぎ、撮影現場やカンヌ、ベネチアなど映画祭取材に燃える。三池崇史、深作欣二、キム・キドク、アキ・カウリスマキなどひとクセのあるオヤジたちが大好き。

(C)Narco Cultura.LLC
中山 治美